駆逐艦 オピトヌイ

Destroyer "Opytnyi"
Эсминцы "Опытный"


ソビエト海軍


Opytny
スペックデータ
排水量:(満)2,016t ボイラー:GEU(ГЭУ)罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:不明
全長:(全)113.5m
全幅:10.2m 主機:メーカー不詳ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.6m
出力:70,000hp
武装:
50口径13cm単装砲3基、46口径45mm単装機関砲4基、55口径
37mm単装機関砲3基、21inch魚雷4連装発射管2基、爆雷60個搭載
最大速力:42.0kt
航続距離:18ktで1,370浬
乗員定数:262名

同型艦名(1隻)
オピトヌイ [Опытный (Opytnyi)]

駆逐艦オピトヌイについて
 高圧蒸気罐による高速発揮を試験するために建造された実験艦的な駆逐艦。L・K・ラムジナ (Л.К.Рамзина)教授が設計したボイラーは標準的なものよりもコンパクトかつ高温高圧で、 これとギア比の高いタービンを組み合わせることで40ノット超(計画では45ノット)を目指すよ う予定されていたが、実際には42ノット程度が最高だったようである。
 また船体の軽量化を図るため電気溶接が多用されており、主砲もソビエト駆逐艦初の連装砲塔が搭 載予定されていたが、砲塔の開発が遅れたため建造段階で従来の単装砲に計画は変更されている(遅 れて完成した砲塔は「タシケント」 が修理・改装を行う際に換装用砲塔として流用された)。
 竣工直後からバルト海にて対地攻撃などに従事したため試験艦としての任務は戦後から実施となり、 戦後すぐに試験任務へ復帰したが1956年に除籍解体となった。

駆逐艦オピトヌイの歴史
オピトヌイ [Опытный (Opytnyi)]
1935年 6月26日起工(建造所不詳)
     12月 8日進水
1940年 9月25日艦名を「セルゴ・オルジョニキーゼ」
[Серго Орджоникидзе(Sergo Ordzhonikidze)]と改名
1941年 9月11日竣工。バルチック艦隊に所属し交戦状態となる
1945年 6月20日実戦部隊から退き、試験任務に復帰
1956年除籍、スクラップとして解体される


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2004,05,07