ミンスク型 (嚮導)駆逐艦

"Minsk" Class Destroyer Leader
Лидеры класса "Минск"


ソビエト海軍


Minsk
スペックデータ(一部数値は計画値)
排水量:(基)1,952t ボイラー:GEU(ГЭУ)罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油600t
全長:(全)127.5m
全幅:11.7m 主機:メーカー不詳ギヤードタービン×3基、3軸推進
吃水:4.14m
出力:66,900hp
武装:
50口径13cm単装砲5基、55口径7.6cm連装砲1基、同単装砲1基、
46口径45mm単装機関砲2基、55口径37mm単装機関砲3基、21inch
魚雷4連装発射管2基、爆雷50個(投射機1)または機雷120個搭載
最大速力:40.5kt
航続距離:20ktで2,100浬
乗員定数:215〜250名

同型艦名(3隻)
ミンスク [Минск (Minsk)]キエフ [Киев (Kiev)]
(バクー [Баку (Baku)]
ティフリス [Тифлис (Tiphlis)]
(トビリシ [Тбилиси (Tobilisi)]

ミンスク型駆逐艦について
 第二次5カ年計画において「プロジェクト38」の名称で建造された大型(嚮導)駆逐艦。基本的に 「レニングラード」型の改 良型であるため、資料によっては「レニングラード」型の後期型として同一項目で扱っているものも見受 けられる。
 機関出力が若干強化されている他は「レニングラード」型とほぼ差異はないが、最高速度は下方修正さ れており、40ノットを少し超えたものになっている(この数値にしても計画値であるため、実際の運用 でどれほどの速度を発揮したのかは不明である)。
 姉妹艦3隻とも第二次大戦を生き残り、1950年代末頃まで現役として使用されている。

ミンスク型駆逐艦の歴史
ミンスク [Минск (Minsk)]
1934年10月 5日ジャダノフ(190)工廠にて起工
1935年11月 6日進水
1938年11月10日竣工
 バルチック艦隊に所属し各種任務に従事
1939年〜独軍の侵攻により交戦状態となる
1940年〜レニングラードにてオーバーホールを実施。完了は翌年
1941年 8月28日タリン−クロンシュタット間で護衛任務中に触雷、損傷を負う
      9月23日クロンシュタットで修理中、独軍機の攻撃を受け大破着底
1942年 8月25日浮揚後、修理を開始。戦線復帰は同年11月
1951年 7月31日練習感へ類別変更
1954年12月30日艦名を「コルフ」[Чорох (Chorokh)]と改名
1956年12月27日艦名を「UTS-14」と改名
1958年 4月 3日除籍。標的船となり、同年フィンランド沖にて沈没
キエフ [Киев (Kiev)]
1935年 1月15日マルティ(198)工廠にて起工するが、一時工事停止となる
1936年 4月10日再起工する
1938年 7月25日進水。艦名を「オルジョニキーゼ」[Орджоникидзе (Ordzhonikidze)]と改名
1939年12月27日竣工。艦名を「セルゴ・オルジョニキーゼ」[Серго Орджоникидзе
(Sergo Ordzhonikidze)]
と改名
 太平洋艦隊に所属し各種任務に従事
1940年 9月25日艦名を「バクー」[Баку (Baku)]と改名
1942年10月〜北海艦隊へ転属、交戦状態となる
1954年頃〜北海艦隊白海戦隊へ転属
1956年 2月17日〜試験艦として使用されるようになる
1958年 4月18日標的船へ類別変更。非武装化され船名を「TsL-31」と改名
      5月31日曳航浮き船へ類別変更。船名を「PB-32」と改名
1959年 6月 2日倉庫船へ類別変更。船名を「PKZ-171」と改名
1963年 7月30日除籍。後にスクラップとして解体される
ティフリス [Тифлис (Tiphlis)]
1935年 1月15日マルティ(198)工廠にて起工するが、一時工事停止となる
1936年 8月10日再起工する
1939年 7月24日進水。艦名を「トビリシ」[Тбилиси (Tobilisi)]と改名
 太平洋艦隊に所属し各種任務に従事
1951年〜ウラジオストックにてオーバーホールを実施。完了は55年初頭
1958年 4月18日標的船へ類別変更。非武装化され船名を「TsL-50」と改称
1964年 1月31日除籍。後にスクラップとして解体される


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