工作空母 ユニコーン

Maintenance Carrier "Unicorn"

英国海軍 イギリス海軍


HMS Unicorn
工作空母「ユニコーン」(撮影年月不詳:Photo from Imperial War Museum "FL6449"
スペックデータ
排水量:(満)20,300t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油3,790t
全長:(全)196.90m
全幅:27.50m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:7.01m
出力:40,000hp
武装:
4inch連装高角砲4基、2pdr4連装ポンポン砲3基、70口径20mm連装機関砲4基、
同単装機関砲5基、航空機36機搭載可能
最大速力:24.0kt
航続距離:13.5ktで11,000浬
乗員定数:約1,000名 飛行甲板:197.20×27.43m、昇降機2基

同型艦名(1隻)
ユニコーン[Unicorn] 

工作空母ユニコーンについて

 第二次大戦前に英国海軍は艦隊に付随し航空機への補給や整備を担当する専用空母の建造を計画した。当初は輸送艦型のものだったのだが、途中で通常空母としての能力を持つよう計画が変更され1939年6月から建造が開始された。
 当艦は艦内に整備施設や大きな2層式格納庫を持っていたため船体の大きさの割りに乾舷が高く、艦幅も広い目立つスタイルをしていた。また工作艦としての能力も持っており、艦隊に所属する軍艦へ簡単なメンテナンスを施すことも可能だった。任務の性格から通常の空母にはないクレーンや艦尾の大きな開口部が備えられていた。
 艦のサイズは軽空母に属するものであったが、英海軍では当艦を「メンテナンス・キャリアー」と呼び他の空母と一線を画した扱いを取っていた。しかし第二次大戦では整備担当よりも通常の空母として使用されることが多かったようだ。大戦後は予備役として保管されていたが朝鮮戦争で再就役し、その後1950年代末にスクラップとして処分されている。

 余談ではあるが当艦の艦名を当時の海軍卿[First Lord of the Admiralty](第7代スタノップ伯爵ジェームズ・リチャード・スタノップ氏[James Richard Stanhope, 13th Earl of Chesterfield and 7th Earl Stanhope])が命名した際、実は「ユニコーン」という名を冠した旧式木造フリゲート艦が既に有り、艦名が重複してしまっている。そのため苦肉の策として旧式フリゲートは艦名を1939年に「ユニコーンII」と変更したが、同じ艦名の艦が2隻有ることで郵便物や公式書類が混乱したため、空母「ユニコーン」が進水した1941年に旧式フリゲートは再度「クレシー」[Cressy]と改名されている。この19世紀に建造された旧式フリゲートはかなり長命で、空母「ユニコーン」が廃棄された1959年時点でもまだ艦籍にあり、空母の廃棄に伴って「ユニコーン」へ再度艦名を戻している。
 旧式フリゲート「ユニコーン」は現在も記念艦として公開されている >公式サイト


工作空母ユニコーンの歴史
ユニコーン[Unicorn] (I72)
1939年 6月29日ハーランド&ヴォルフ[Harland and Wolff]社にて起工
1941年11月20日進水
1943年 3月12日竣工
       3月〜本国艦隊に所属し大西洋方面で作戦行動
       8月〜H部隊に所属し、サレルノ上陸作戦を支援
       秋頃〜艦隊工作空母としての任務に戻る
1944年初頭東洋艦隊支援のためインド洋に派遣される
1945年インド軍設立支援のため航空機および飛行士をインドへ派遣
1945年末除籍。予備役艦となる
1950年 6月朝鮮戦争勃発のため再就役。朝鮮半島近海へ展開
1953年10月再度除籍。予備役艦となる
1959年 6月スクラップとして売却される


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