グリムズビー型 スループ

"Grimsby" Class Sloops

英国海軍 他 イギリス海軍 オーストラリア海軍 インド海軍


HMS Wellington
HMAS Yarra
(上段)HMS「ウェリントン」/(下段)HMAS「ヤラ」
スペックデータ(【 】内はオーストラリア・インド向け艦のデータ)
排水量:(基)990t
   【(基)1,060t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油347t【317t】
全長:(全)81.2m
   【(全)81.1m】
全幅:11.0m
   【11.0m】
主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水: 3.0m
   【 3.1m】
出力:2,000hp
武装:45口径4.7inch(12cm)単装高角砲2基(Aberdeenは4inch単装高角
砲3基(旗艦改修時に2基へ減)、Fleetwoodは4inch連装砲2基)
【4inch単装高角砲3〜4基】、3inch単装高角砲1基(Aberdeen、
Fleetwoodには搭載せず)、12.7mm機銃4基【40mm機関砲2門、
20mm機関砲4門】、ヘッジホッグ投射機1基、爆雷搭載数不明
最大速力:16.5kt
航続距離:10ktで5,700浬
乗員定数:100名

同型艦名(8隻+オーストラリア艦4隻インド艦1隻
アバディーン[Aberdeen]デプトフォード[Deptford]フリートウッド[Fleetwood]
グリムズビー[Grimsby]リース[Leith]ロンドンデリー[Londonderry]
ローストフト[Lowestoft]ウェリントン[Wellington] 
パラマッタ[Parramatta]スワン[Swan]ワレゴ[Warrego]
ヤラ[Yarra]インダス[Indus] 

グリムズビー型スループについて

 ファルマス型に続いて1931年度計画から建造が開始されたスループ艦。英海軍向けの艦は全部がデヴォンポート工廠にて建造されており、オーストラリア向けはオーストラリア国内で、インド向けはホーソン・レスリー社にて建造された。
 基本的なスタイルはブリッジウォーター型系列のスループと同じであるが、前甲板に甲板室が設けられているため若干居住性が高くなっている。また兵装は対水上艦戦闘を想定し、12センチ単装砲に強化されているが、最終年度に建造された2隻(「アバディーン」「フリートウッド」)とオーストラリア艦は4インチ高角砲に変更されている(なおかつ「フリートウッド」では連装砲となっている)。ただし、建造年度や竣工後の改修などで兵装は変化しており、姉妹艦とはいえ時代時代でさまざまなバリエーションが存在する。

 第二次大戦では地中海やインド洋など幅広い範囲で護衛任務や哨戒任務に従事しているが、姉妹艦のうち4隻(イギリス1、オーストラリア2、インド1)が戦没した。


グリムズビー型スループの歴史
アバディーン[Aberdeen] (L97 / U97)
1935年 6月12日デヴォンポート工廠[Devonport Dockyard]にて起工
(一部工事はソーニクロフト社[Thornycroft]で実施)
1936年 1月22日進水
      9月17日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発時は地中海に通報艦として配置
開戦のため本国へ帰還し、南西海域にて護衛任務に従事
1940年12月22日大西洋にて英コルベット「コロンバイン」と衝突損傷
1942年11月北アフリカ上陸(トーチ作戦)を支援
      12月〜本国にて対潜兵装の換装工事を実施。翌年2月戦線復帰
1945年 7月第一線を退き、予備艦となる
1948年12月16日除籍。スクラップとして売却
デプトフォード[Deptford](L53 / U53)
1934年 4月30日デヴォンポート工廠にて起工
(一部工事はJ・S・ホワイト社[J.S. White & Co.]で実施)
1935年 2月 5日進水
       8月20日竣工
1939年 9月第二次大戦勃発時はシンガポールから英本国への帰還途中
本国帰還後は大西洋にて偵察や護衛任務に従事
1941年12月21日アゾレス諸島沖にて独潜「U-567」を撃沈(他艦と共同)
1943年〜地中海方面にて護衛任務などに従事
1945年 5月欧州での戦闘終了に伴い第一線を退き、予備艦となる
1948年 3月 8日除籍。スクラップとして売却
フリートウッド[Fleetwood](L47 / U47)
1935年 8月14日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はソーニクロフト社で実施)
1936年 3月24日進水
      11月19日竣工
1939年 9月第二次大戦勃発時はアデンに展開。紅海にて警備任務に従事
      11月〜英本国へ帰還。翌月から北海にて護衛任務に従事
1940年 4月〜ノルウェー方面にて作戦行動に従事
       7月〜英本国周辺にて護衛任務や哨戒任務に従事
1941年 5月〜大西洋にて船団護衛に従事
1942年 6月 2日タンカー「オイル・リライアンス」[Oil Reliance]と衝突、損傷
      11月〜地中海へ転戦。北アフリカ上陸を支援後は護衛任務に従事
1943年 5月11日アイルランド沖にて独潜「U-528」を撃沈(航空機と共同)
      11月 2日タンジール(モロッコ)近海にて独潜「U-340」を撃沈(他艦と共同)
1945年 8月第一線を退き、予備艦となる
1946年 2月〜再就役。海軍本部の通信・レーダー実験艦として使用される
1959年10月10日除籍。スクラップ
グリムズビー[Grimsby](L16 / U16)
1933年 1月23日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はJ・S・ホワイト社で実施)
       7月19日進水
1934年 5月17日竣工
1939年 9月第二次大戦勃発時はペルシャ湾に展開中。開戦とともに英本国へ帰還
      10月〜本国周辺の警備任務などに従事
1940年 6月〜紅海へ転戦。アデン〜スエズ間の警備任務などに従事
1941年 5月25日トブルク沖にて独軍機の攻撃を受け沈没
リース[Leith](L36 / U36)
1933年 2月 6日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はJ・S・ホワイト社で実施)
1933年 9月 9日進水
1934年 7月12日竣工
1939年 9月第二次大戦勃発時はシンガポールに展開
開戦後はペナン(蘭領東インド)にて警備任務に従事
      11月〜紅海、地中海を経由して英本国へ帰還
翌月から南西海域にて護衛任務に従事
1945年 5月第一線を退き、予備艦となる
1946年売却。商船「バイロン」[Byron]となる
1948年船名を「フレンドシップ」[Friendship]と改名
1949年 8月26日デンマーク海軍へ転売。艦名を「ガラテア」[Galathea]と改名
1955年デンマーク海軍除籍。スクラップ
ロンドンデリー[Londonderry](L76 / U76)
1934年 6月11日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はJ・S・ホワイト社で実施)
1935年 1月16日進水
       9月20日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発時は南アフリカに展開中
      12月〜英本国へ帰還。帰還後は本国周辺の警備任務に従事
1941年後半〜南西海域などで船団護衛に従事
1942年後半〜ジブラルタル、地中海などで船団護衛に従事
1944年〜大西洋にて船団護衛に従事
1945年 5月第一線を退き、予備艦となる
1946年 3月 8日(48年説あり)除籍。スクラップとして売却
ローストフト[Lowestoft](L59 / U59)
1933年 8月21日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はJ・S・ホワイト社で実施)
1934年 4月11日進水
      11月22日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発時は香港にて入渠中
      12月修理完了後、ジブラルタル経由で英本国へ帰還
1940年 1月〜英本土周辺などで護衛任務や哨戒任務に従事
       6月〜北海にて船団護衛に従事
1941年 1月 5日英本土東岸にて触雷、損傷を負う
修理に際し、レーダーや対空兵装の強化を実施
      10月〜修理完了し戦線に復帰。北海などで船団護衛に従事
1942年 7月11日仏駆「レオパール」と衝突、損傷を負う。修理に際し対空兵装を強化
北アフリカ上陸作戦等のため工事が遅れ、翌年4月に戦線復帰
1943年 5月〜大西洋などで船団護衛や警備任務に従事
1945年 6月第一線を退き、予備艦となる
1946年10月 4日除籍、売却。商船「ミラフローレス」[Miraflores]となる
1955年 8月廃船。スクラップ
ウェリントン[Wellington](L65 / U65)
1933年 9月25日デヴォンポート工廠にて起工(一部工事はJ・S・ホワイト社で実施)
1934年 5月29日進水
1935年 1月24日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発時にニュージーランドからシンガポールへ異動
      12月紅海、地中海経由で英本国へ帰還
1940年 3月〜大西洋にて偵察や船団護衛に従事
      11月輸送船「サラストーン」[Sarastone]と衝突、損傷。翌月修理完了
1942年 3月〜修理及び兵装更新の工事を実施。同年7月戦線復帰
       8月〜南西海域や地中海にて護衛任務や上陸支援を実施
1943年 4月〜大西洋にて偵察や船団護衛に従事
1945年 5月14日ジブラルタルにて浮上降伏した独潜「U-541」を拿捕
       7月退役。予備艦となる
1948年英Honourable Company of Master Mariners(HCMM)に譲渡。
HQS(HeadquarterShip) Wellingtonとなる
1991年大改修を実施。現在もテムズ川に繋留され、イベント会場などに利用可能
公式サイト(外部サイトへのリンクです:別窓で開きます))
パラマッタ[Parramatta](L44 / U44)
1938年11月 9日クカトゥー造船[Cockatoo Island Dockyard]にて起工
1939年 6月10日進水
1940年 4月 8日竣工
       7月〜英海軍紅海艦隊へ配属。アデンを拠点に船団護衛に従事
1941年〜地中海へ転戦。トブルク攻略を支援
       6月24日トブルク沖にて独軍機と交戦
      11月27日トブルク沖にて独潜「U-559」の雷撃を受け沈没
スワン[Swan](L74 / U74)
1935年 5月 1日クカトゥー造船にて起工
1936年 3月28日進水
1937年 1月21日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。濠州周辺海域の警備に従事
1941年12月〜対日戦勃発。南太平洋にて船団護衛などに従事
1942年 1月〜ABDA部隊の指揮下に入り、南太平洋の島嶼攻略に参加
1945年後半〜戦争終結に伴い、ニューギニア周辺海域の掃海に従事
1950年 8月18日退役。予備艦となる
1954年10月〜練習艦への改装工事を実施
1956年 2月10日〜再就役。練習艦としての任務に従事
1962年 9月20日除籍。64年スクラップとして売却
ワレゴ[Warrego](L73 / U73)
1939年 5月10日クカトゥー造船にて起工
1940年 2月10日進水
       8月22日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。濠州周辺海域の警備に従事
1941年12月〜対日戦勃発。南太平洋にて船団護衛などに従事
1942年 1月〜ABDA部隊の指揮下に入り、南太平洋の島嶼攻略に参加
1963年 8月 8日退役。65年スクラップとして売却
ヤラ[Yarra](L77 / U77)
1934年 5月24日クカトゥー造船にて起工
1935年 3月28日進水
1936年 1月21日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。濠州周辺海域の警備に従事
1940年 8月〜英海軍紅海艦隊へ配属。アデンを拠点に船団護衛に従事
      10月20日紅海にてイタリア駆逐隊と交戦
1941年 4月〜ペルシャ湾へ進出。対イラク戦、イラン進駐に参加
      11月地中海へ転戦。トブルク包囲の支援に参加
      12月〜東南アジアへ転戦。翌月ジャワへ進出し船団護衛に従事
1942年 3月 4日ジャワ沖にて日重巡戦隊の砲撃を受け沈没
インダス[Indus](L67 / U67)
1933年12月 8日ホーソン・レスリー社にて起工
1934年 8月24日進水
1935年 3月15日竣工
1941年12月〜対日戦勃発。東洋艦隊に所属しインド〜東南アジア間の警備に従事
1942年 3月アキャブ(ビルマ)へ進出。周辺の偵察や警備に従事
       4月 6日アキャブ沖にて日本海軍陸攻機の攻撃を受け沈没


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