バンフ型 スループ

"Banff" Class Sloops ("Chelan"(or"Lake"or"1,700t"or"250ft") Class Cutters(USCG))

英国海軍 イギリス海軍 (貸与前及び返還後は 米沿岸警備隊


HMS Fishguard
HMS Walney
(上段)HMS「フィッシュガード」/(下段)HMS「ウォルニー」
スペックデータ(定員や兵装は1941年頃の数値)
排水量:(基)1,700t ボイラー:BabcockWilcox罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油300t
全長:(全)76.2m
全幅:12.8m 主機:General Electric社製ターボエレクトリック×1基、1軸推進
吃水:4.88m
出力:3,350hp
武装:
51口径5inch単装砲1基、50口径3inch単装高角砲2〜3基、
12.7mm連装機関砲4基、後に20mm機関砲4門を追加、爆雷100個
(投射機2、投下軌条2)
最大速力:16.0kt
航続距離:8ktで8,000浬
乗員定数:200名

同型艦名(10隻)
バンフ[Banff]カルバー[Culver]フィッシュガード[Fishguard]
ゲラストン[Gorleston]ハートランド[Hartland]ランドガード[Landguard]
ルルワース[Lulworth]セネン[Sennen]トットランド[Totland]
ウォルニー[Walney]  

バンフ型スループについて

 第二次大戦後に護衛艦艇不足を補うためアメリカから貸与された艦で、同じく貸与艦の米旧式駆逐艦フラッシュデッカー′^(「ウィックス(初代)」型など)50隻に続いて1941年頃にイギリスへ引き渡された。元は合衆国沿岸警備隊(USCG)が使用していたカッター(1本マストの小型艦を示す艦種)で、元の艦名が湖の名前であることからレイク′^や排水量から1,700トン′^、もしくは全長から250フィート′^などと呼称されていた。
 英国海軍へ引き渡された後は護衛スループに類別されており、基準排水量1,700トンはイギリスのスループ中最大のものであった。最高速度が16ノットと浮上航行するドイツ潜水艦よりも遅かったため、船団護衛中に浮上接近する独潜を発見しても追撃は難しいと考えられたが、搭載する長射程51口径5インチ砲がその場合は役立つとも考えられていた(実際には思惑どおりに行かなかったようだが)。

 貸与された10隻のうち3隻が戦没した。戦没艦のうち2隻は1942年11月のオラン上陸作戦における損失だった。大戦を生き残った艦は「ランドガード」を除き1946年にアメリカへ返還された。

 なお、資料によっては米沿岸警備隊時代の細かい艦型の差で2つのクラス(「タホ」型(旧「メンドタ」「タホ」「ポンチャートライン」「シェラン」「シャンプレーン」の5隻)と「サラナク」型(前述以外の5隻))に分けているものも見受けられる。

バンフ型スループの歴史(【 】内は合衆国沿岸警備隊での艦名・艦番)
バンフ[Banff] (Y43)【サラナク[Saranac] (CGC52)】
1929年?ゼネラル・エンジニアリング&ドライドック社[General Engineering & Drydock Co.]にて起工
1930年 4月12日進水
      10月 2日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「サラナク」として就役
ガルベストン(テキサス州)を母港に警備任務へ従事
1941年 4月30日英国海軍へ貸与。艦名を「バンフ」と改名
       6月〜英国到着後、テムズ商業造船所[Thames commercial shipyard]にて改修を実施
       8月 4日改修完了後の動作試験中、運貨はしけに衝突し損傷
修理完了後、大西洋での船団護衛に従事
1942年11月〜地中海へ転戦。北アフリカ上陸などを支援
1943年 6月〜シチリア上陸を支援
      10月〜紅海へ転戦。アデンなどで護衛任務に従事
1945年 8月東インドへ進出中、ダーバンにて終戦を迎える
1946年 2月27日アメリカへ返還。艦名を「セベック」[Sebec](WPG164)と改名
1947年 5月27日再就役。艦名を「タンパ」[Tampa]と改名
1954年 8月10日退役。59年売却処分
カルバー[Culver] (Y87)【メンドタ[Mendota] (CGC49)】
1928年 6月20日ベスレヘム造船[Bethlehem Shipbuilding Co.]にて起工
      11月27日進水
1929年 3月23日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「メンドタ」として就役
ノーフォーク(バージニア州)を母港に警備任務へ従事
1941年 4月30日英国海軍へ貸与。艦名を「カルバー」と改名
       6月〜英国到着後は大西洋などで護衛任務に従事
1942年 1月31日北大西洋にて独潜「U-105」の雷撃を受け沈没
フィッシュガード[Fishguard] (Y59)【タホ[Tahoe] (CGC47)】
1927年12月 5日ベスレヘム造船にて起工
1928年 6月12日進水
      11月 8日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「タホ」として就役
サンフランシスコ(カリフォルニア州)を母港に警備任務へ従事
1941年 4月30日英国海軍へ貸与。艦名を「フィッシュガード」と改名
       6月〜英国到着後は大西洋などで護衛任務に従事
1943年 1月〜地中海へ転戦。船団護衛やシチリア上陸支援などに従事
1944年 1月〜インド洋へ転戦。紅海などで護衛任務に従事
1945年 7月〜ビルマ攻略を支援。ラングーンにて終戦を迎える
1946年 3月27日アメリカへ返還。故障のため再就役せずに翌年10月売却処分
ゲラストン[Gorleston] (Y92)【イタスカ[Itasca] (CGC50)】
1929年?ゼネラル・エンジニアリング&ドライドック社にて起工
1929年11月16日進水
1930年 7月12日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「イタスカ」として就役
サンフランシスコを母港に警備任務へ従事
1937年女流飛行家アメリア・イアハートの世界一周飛行で支援を行う
(同年7月2日、同艦との交信を最後に彼女は行方不明となった)
1941年 4月30日英国海軍へ貸与。艦名を「ゲラストン」と改名
       8月〜英国到着後は大西洋などで護衛任務に従事
1943年 1月〜英国〜北アフリカ間の船団護衛に従事
       6月〜大西洋での護衛任務に従事
1944年 3月〜東洋艦隊へ転属。紅海へ進出
       4月18日スエズ湾にて衝突事故を起こし損傷を負う
修理後戦線復帰。紅海〜地中海間の船団護衛に従事
1945年 6月〜インドへ進出。ビルマ攻略支援などに従事
1946年 4月23日アメリカへ返還。艦名を「イタスカ」に戻す
1950年 9月28日退役。同年スクラップ
ハートランド[Hartland] (Y00)【ポンチャートライン[Ponchartrain] (CGC46)】
1927年11月29日ベスレヘム造船にて起工
1928年 6月16日進水
      10月13日竣工。合衆国沿岸警備隊に「ポンチャートライン」として就役
ノーフォークを母港に警備任務へ従事
1941年 4月30日英国海軍へ貸与。艦名を「ハートランド」と改名
       7月〜英国到着後、テムズ商業造船所にて改修を実施
      10月〜大西洋などで護衛任務に従事
1942年10月末〜北アフリカ上陸の支援などのため地中海へ進出
      11月 8日オラン上陸作戦に参加。沿岸砲台及び仏駆「ティフォン」の砲撃を受け沈没
ランドガード[Landguard] (Y56)【ショショーネ[Shoshone] (CGC53)】
1929年?ゼネラル・エンジニアリング&ドライドック社にて起工
1930年 9月11日進水
1931年 1月10日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「ショショーネ」として就役
サンフランシスコを母港に警備任務へ従事
1941年 5月20日英国海軍へ貸与。艦名を「ランドガード」と改名
       6月〜英国到着後、クライド造船所[Clyde shipyard]にて修理を実施
同年8月から引き続きテムズ商業造船所にて改修を実施
      10月〜改修完了後、大西洋などで護衛任務に従事
1942年11月〜地中海へ転戦。船団護衛や北アフリカ上陸支援に従事
1943年 3月〜大西洋へ転戦。船団護衛に従事
      10月〜東洋艦隊へ転属。紅海やインド洋にて護衛任務などに従事
1945年 4月〜コロンボにて補給物資の保管船として使用される
       8月〜終戦後はコロンボにて宿泊船として使用される
1947年 1月米国政府から英国へ売却される
1949年 8月廃船。翌月スクラップ
ルルワース[Lulworth] (Y60)【シェラン[Chelan] (CGC45)】
1927年11月14日ベスレヘム造船にて起工
1928年 5月19日進水
       9月 5日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「シェラン」として就役
シアトル(ワシントン州)を母港に警備任務へ従事
1941年 5月12日英国海軍へ貸与。艦名を「ルルワース」と改名
       6月〜英国到着後、テムズ商業造船所にて修理および改修を実施
       8月〜改修完了後、大西洋などで護衛任務に従事
1942年 7月15日アゾレス諸島沖にて伊潜「ピエトロ・カルヴィ」を撃沈
      11月〜北アフリカ上陸支援などのためジブラルタルへ転戦
1943年 2月〜大西洋へ転戦。船団護衛などに従事
      11月〜東洋艦隊へ転属。紅海やインド洋にて船団護衛に従事
1945年 3月〜ビルマ攻略を支援
1946年 2月12日アメリカへ返還。艦名を「シェラン」に戻す。翌年売却処分
セネン[Sennen] (Y21)【シャンプレーン[Champlain] (CGC48)】
1928年 5月23日ベスレヘム造船にて起工
1928年10月11日進水
1929年 1月24日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「シャンプレーン」として就役
ステープルトン(ニューヨーク州)を母港に警備任務へ従事
1941年 5月12日英国海軍へ貸与。艦名を「セネン」と改名
       6月10日クライド湾にて漁船「アニメイト」[Animate]と衝突、損傷
       7月〜修理完了後は、大西洋などで護衛任務に従事
1942年10月〜ジブラルタルへ転戦。北アフリカ上陸支援などに従事
1943年 2月〜大西洋へ転戦。船団護衛などに従事
       5月19日ファーウェル岬沖にて独潜「U-954」を撃沈(他艦と共同)
      10月〜インド洋へ転戦。紅海にて護衛任務や哨戒任務に従事
1945年 9月〜終戦後、蘭領東インドへ船団護衛を行いつつ進出
1946年 1月英本国へ帰還
       3月27日アメリカへ返還。艦名を「シャンプレーン」に戻し予備艦となる
1948年 3月25日退役。売却処分
トットランド[Totland] (Y88)【カユガ[Cayuga] (CGC54)】
1931年?ベスレヘム造船にて起工
1931年10月 7日進水
1932年 3月22日〜竣工。合衆国沿岸警備隊に「カユガ」として就役
ニューロンドン(コネチカット州)を母港に警備任務へ従事
1941年 5月12日英国海軍へ貸与。艦名を「トットランド」と改名
       6月〜英国到着後、クライド造船所にて修理および改修を実施
       8月〜大西洋などで護衛任務に従事
1942年10月〜ジブラルタルへ転戦。北アフリカ上陸支援などに従事
1943年 2月〜大西洋へ転戦。船団護衛などに従事
       2月23日中部大西洋にて独潜「U-522」を撃沈
      12月18日船団護衛中に貨物船「インヴェラ」[Invella]と衝突、損傷を負う
1944年 3月〜東洋艦隊へ転属。紅海やインド洋にて護衛任務などに従事
1945年 7月英本国へ帰還。同年8月には退役し保管船となる
1946年 5月アメリカへ返還。艦名を「モコマ」[Mocoma](WPG163)と改名
1947年 3月20日再就役。マイアミを根拠地とする
1950年 5月 8日退役。55年7月売却処分
ウォルニー[Walney] (Y04)【セベーゴ[Sebago] (CGC51)】
1929年?ゼネラル・エンジニアリング&ドライドック社にて起工
1930年 2月10日進水
       9月 2日竣工。合衆国沿岸警備隊に「セベーゴ」として就役
ノーフォークを母港に警備任務へ従事
1941年 5月12日英国海軍へ貸与。艦名を「ウォルニー」と改名
       6月〜大西洋などで護衛任務に従事
1942年10月〜北アフリカ上陸の支援などのため地中海へ進出
1942年11月 8日オラン上陸作戦に参加。仏スループ「ラ・シプリーズ」[La Surprise]と交戦沈没


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