ロバーツ型 モニター艦

"Roberts" Class Monitors

英国海軍 イギリス海軍


HMS Roberts
HMS「ロバーツ」(1942年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(建造当初:【 】内はAbercrombieのデータ)
排水量:(常)7,973t
     【(常)8,536t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油491t
全長:(全)113.8m
全幅:27.4m 主機:Parsons式蒸気タービン×2基、2軸推進
吃水:4.1m
    【4.4m】
出力:4,800hp
武装:
42口径15inch連装砲1基、45口径4inch連装砲4基、40mm8連装ポンポン砲1基、
同4連装2基、20mmエリコン単装機関砲8基【4基、同連装機関砲8基】
最大速力:12.5kt
航続距離:12ktで2,600浬
乗員定数:442名【460名】

同型艦名(2隻)
ロバーツ [Roberts]アバクロンビー [Abercrombie]

ロバーツ型モニター艦について

 第一次大戦時にモニター艦の大量建造を行ったイギリス海軍だったが、大戦後は使い所が限られるモニター艦は建造されず、就役していた艦も1920年代から順次退役していった。ところが1939年に第二次大戦が勃発すると、対地砲撃に使えるモニター艦が必要だとして、1940年から2隻が急造されることになった。そこで建造されたのが当クラスである。
 当クラスは15インチ(38.1センチ)連装砲塔1基を搭載しているが、ネームシップである「ロバーツ」に搭載された砲塔は「マーシャル・スール」から1937年に降ろしたものが転用されたため、建造は約一年半で完了した。砲を一から製作した2番艦「アバクロンビー」が竣工までに2年以上かかったことからも、大口径砲塔の製作は当時の最新技術の粋を集めても手間がかかる物であったことがうかがえる。両艦は建造の時期がずれているため、後から建造された「アバクロンビー」は戦訓を盛り込み、砲塔天井部の装甲を厚くしたり対空火器を増設したりしているため、両艦で排水量が異なっている。

 1941年に竣工した「ロバーツ」は北アフリカ上陸やシチリア島・サレルノ上陸、ノルマンディ上陸など英海軍が参加したヨーロッパでの主要な上陸作戦に参加して活躍したが、1943年に竣工した「アバクロンビー」は同年のサレルノ上陸作戦の際に触雷損傷し、その後もマルタ島でも触雷したため大戦中の大半は修理を行っているような状況であった。終戦後、2隻とも宿泊船や砲術練習船として使用された後に解体処分となっている。

 なお、英海軍が最初に建造したモニター艦である「アバクロンビー」は1920年退役、27年解体されており、当クラスの艦とは同名の別艦であるため混同に注意が必要である。


ロバーツ型モニター艦の歴史
ロバーツ [Roberts] (F40)
1940年 4月30日ジョン・ブラウン社[John Brown & Company]にて起工
1941年 2月 1日進水
      10月27日竣工
      12月〜地中海艦隊へ配属
1942年 1月〜陸軍支援のためアレクサンドリア海域へ展開
      11月 8日〜北アフリカ上陸(トーチ作戦)支援のためアルジェ沖に配備
      11月11日ベジャイア(アルジェリア)沖にて敵機の攻撃を受け損傷を負う
      12月〜本国へ帰還し、修理及びレーダー搭載工事を実施(完了は翌年5月)
1943年 7月〜シチリア島上陸(ハスキー作戦)支援のため地中海に配備
      10月〜陸軍支援のためイタリア西岸へ展開
1944年 1月〜本国へ帰還。本国沿岸海域へ展開
       5月〜ノルマンディー上陸(ネプチューン作戦)支援に参加
翌6月、上陸作戦時に対地支援砲撃を実施
       9月〜陸軍支援のためオランダ沖へ展開
      12月本国へ帰還。本国沿岸海域へ展開
1945年 7月〜欧州戦線の戦闘終了。太平洋艦隊に合流するため本国を出発
       8月15日モンバサ(ケニア)にて終戦を迎える
      11月本国へ帰還。同月27日退役。以降は砲術練習船として使用される
 その後スクラップとして売却リストに掲載されるが、
デヴォンポートにて宿泊船として使用される
1965年 7月19日解体処分開始
アバクロンビー [Abercrombie] (F109)
1941年 4月26日ヴィッカース・アームストロング社[Vickers-Armstrongs]にて起工
1942年 3月31日進水
1943年 5月 5日竣工
       7月〜シチリア島上陸(ハスキー作戦)支援のため地中海に配備
       9月〜イタリア・サレルノ上陸(アヴァランチ作戦)支援のため地中海へ展開
       9月 9日パエストゥム(イタリア)沖にて触雷、損傷を負う
      10月〜タラントの造船所にて修理を実施
1944年 8月〜修理完了後、マルタ島へ移動。8月15日マルタ島到着
       8月21日マルタ島南東沖にて触雷、損傷を負う
1945年夏〜修理完了後、太平洋艦隊に合流するため本国を出発
       8月15日太平洋への航海途中で終戦を迎える
1945年秋〜本国へ帰還後、退役。チャタムにて宿泊船として使用される
      11月〜バローにて砲術練習船として使用される
1954年除籍。同年12月24日解体処分開始


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2016,05,07