水上機母艦 ペガサス

Seaplane Carrier "Pegasus"(ex "Ark Royal")

英国海軍 イギリス海軍


HMS Ark Royal (later Pagasus)
HMS「アーク・ロイヤル」(後の「ペガサス」)(1920年代?)
スペックデータ(水上機母艦として竣工時)
排水量:(常)7,190t ボイラー:形式不明・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油500t
全長:(全)111.6m
全幅:15.5m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、1軸推進
吃水:5.5m
出力:3,000hp
武装:
40口径7.6cm単装砲4基、7.7mm単装機銃2基、
航空機7機搭載(戦闘機としてソッピース・タブロイド(陸上機)2機、水上機は
ライト・プッシャー2機、ショート135型1機、ソッピース807型2機)
最大速力:11.0kt
航続距離:10ktで3,030浬
乗員定数:180名

同型艦名(1隻)
ペガサス [Pegasus]
(竣工時は「アーク・ロイヤル」[Ark Royal])

水上機母艦 ペガサスについて

 ライト兄弟が航空機の動力飛行を初めて行った1903年から10年ほど経過したころ、各国海軍は航空機を洋上で使用するための試行錯誤を繰り返していた。イギリス海軍では1913年に防護巡洋艦「ハーミス」[HMS Hermes](第一次大戦後に竣工した航空母艦とは同名別艦)を改造して行った艦隊での水上機運用実験が成功したことを受けて、翌14年に本格的な水上機運用のための艦艇を建造することにした。艦を一から建造するのではなく、1913年に起工されていた貨物船を建造中に購入して設計変更を行っている。艦中央にあった機関類は艦後方に移され、艦の前半部分の甲板は水上機用の作業デッキとなった。作業デッキ前方には平坦な甲板があり、車輪を持つ陸上機を発艦させることが可能であったが、着艦はできないため発艦した陸上機は陸上基地へ戻る必要があった。竣工時点では水上機5機と陸上機2機を搭載するようになっていた。

 「アーク・ロイヤル」の名で竣工した当艦は、第一次大戦でガリポリの戦いでの支援などを行い、航空機による偵察を行った。また1918年にはトルコ軍の戦艦に対して航空機の攻撃を試みているが、攻撃自体は失敗に終わった。第一次大戦後もロシア内戦への介入などに参加し、一時期予備役となったが1923年に再就役して、以降第二次大戦直前まで航空機輸送や実験任務に使用された。第二次大戦時に前部甲板にカタパルトを設置して戦闘機(陸上機)を発艦させるカタパルト艦となり、大戦緒戦には船団護衛へ従事しているが、護衛空母が多数就役するようになると使い勝手の良くないカタパルト艦は船団護衛任務から外されており、当艦も宿泊船として利用された後に売却、後に解体処分となっている。

 なお、「ペガサス」の艦名を冠した水上機母艦は第一次大戦時にも存在しており、こちらは1917年竣工で1931年に売却されている。当艦はこの「ペガサス」が売却後に艦名を引き継いだのであるが、改名前の活動時期が重なるため混同されやすい点に注意願いたい。

水上機母艦 ペガサスの歴史
ペガサス [Pegasus]
1913年11月 7日ブライス造船[Blyth Shipbuilding Company]にて貨物船として起工
1914年 5月イギリス海軍が購入。水上機母艦としての改設計を行う
       9月 5日進水。艦名を「アーク・ロイヤル」と命名
      12月10日竣工
1915年 1月〜地中海へ配備。ガリポリの戦いを支援
      11月〜マケドニア戦線へ転戦。陸軍の支援や艦砲射撃の着弾観測、対潜哨戒などに従事
1917年エーゲ海周辺の英軍水上機に対する補給任務に従事
1918年 1月オスマン帝国海軍戦艦「ヤウズ・スルタン・セリム」等への攻撃を試みるも失敗
       4月〜南エーゲ海シロス島へ転戦。対潜哨戒などに従事
1919年〜第一次大戦終結後、ロシア内戦に介入。黒海へ進出
1920年11月〜ロサイスへ帰還し、予備役艦となる
1922年 9月〜再就役。航空機輸送やカタパルト発艦の実験に従事
1934年12月21日艦名を「ペガサス」と改名(旧艦名は新造空母へ引き継がれた)
1939年 9月〜第二次大戦勃発。本国艦隊に配属される
      10月14日航空機輸送任務でスカパ・フロー在泊中、独潜により撃沈された英戦艦
「ロイヤル・オーク」の乗員を救助する
1940年10月〜船団護衛用に戦闘機射出カタパルト、レーダー等の装備工事を行う
(この改装でマストは三脚マストになった)(完了は翌年1月)
1941年 5月〜大西洋にて船団護衛に従事
1942年 4月〜船団護衛任務から外され、水上飛行機の練習艦となる
1944年 2月〜第一線任務から外され、宿泊船として使用される
1946年 5月廃棄リストに搭載。同年10月18日売却され、民間商船「アニタ1」[SS Anita I]となる
1947年10月〜貨物船への改装工事を実施するが、資金難で翌年初頭に工事中止
1949年 6月16日債権者によりオランダの解体業者に売却される
1950年10月ブリティッシュ鉄鋼社[British Iron and Steel Corporation]が購入。後に解体処分


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