ネルソン型 戦艦

"Nelson" Class BattleShips

英国海軍


HMS Nelson
HMS「ネルソン」(1945年頃)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
ネルソン
第34号(2014.05.13)
戦艦「ネルソン」1931年

スペックデータ(数値は竣工時のもの)
排水量:(満)38,000t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油3,805t
全長:(全)216.5m
全幅:32.0m 主機:Brown Curtis式減速ギア×2基、2軸推進
吃水:10.0m
出力:45,000hp
武装:
45口径16inch3連装砲3基、50口径6inch連装砲6基、
40口径4.7inch単装高角砲6基、2pdr4連装ポンポン砲2基(後に
6基まで増設されたがNelsonは最終改装で40mm4連装ボフォース
機関砲4基に交換された)、24.5inch魚雷発射管2門(後に撤去)
最大速力:23.0kt
航続距離:16ktで7,500浬
乗員定数:1,314名

同型艦名(2隻)
ネルソン[Nelson]ロドニー[Rodney] 

ネルソン型戦艦について
 1920年代初頭に第一次大戦の戦訓を盛り込んだ49,000トン級新型戦艦建造案(G3)が承認されたため戦艦・巡洋戦艦二隻ずつの設計を開始した英国海軍だったが、ワシントン海軍条約の締結によりG3は中止されてしまった。そこで代案として35,000トンクラスで他国が建造している主力艦(日本の「長門」型や米国の「コロラド」型)と同様の16 インチ砲を搭載する戦艦の建造を決定、そこで建造されたのが当「ネルソン」型である。
 他国の艦が八門の主砲(連装砲塔四基)を持つのに対し、当艦は九門(三連装砲塔三基)とすることで火力の優位性を保つことにしたのだが、排水量を条約制限内に押さえるためバイタルパート(防御区画)を必要最小限にすることが必要であった。そこで当艦は艦前部に砲塔を集中させることでバイタルパートを短くし、機関も小型にして速力を犠牲にすることで軽量化を図ったのである。それまでの戦艦とは一線を画したデザインとなった当艦であるが良いところばかりではなく、その特異な砲塔配置から発砲衝撃波による艦橋部損傷などの問題を引きおこすことになってしまった。
 それでも第二次大戦では英国海軍唯一の16インチ砲搭載艦として重宝され、船団護衛から上陸支援砲撃まで幅広い任務に従事している。

ネルソン型戦艦の歴史
ネルソン[Nelson]
1922年12月28日アームストロング・ホイットワース社にて起工
1925年 9月 3日進水
1927年 9月10日竣工
1931年 9月乗員が反乱に参加(インヴァーゴードン反乱)
1934年 1月12日ポーツマス沖にて座礁
1937年搭載兵装の改修工事を実施。完了は翌年
1939年 9月〜本国艦隊に所属し、第二次大戦へ参加
      12月〜搭載兵装の改修工事を実施。完了は翌年8月
1941年 5月独戦艦「ビスマルク」追撃戦を受け、ジブラルタルへ進出
       6月〜H部隊に所属し、地中海方面で作戦行動
       9月27日マルタ島への補給任務(ハルバード作戦)中に伊軍機の攻撃を受け損傷
      11月〜修理および改修工事を実施。魚雷発射管を撤去。完了は翌年4月
1942年 8月ペデスタル作戦に参加。マルタ島への補給任務を支援
      11月トーチ作戦に参加。北アフリカへの上陸任務を支援
1943年 7月ハスキー作戦に参加。シチリアへの上陸任務を支援
       8月イタリア沿岸部の防衛陣地に対して艦砲射撃を実施
       9月アヴァランチ作戦に参加。サレルノへの上陸任務を支援
       9月29日艦上にてイタリア休戦の調印が行われる
      11月〜対空兵装の強化工事を実施。完了は翌年
1944年 6月ノルマンディー上陸を支援
       6月18日ポーツマスへ帰還中、触雷。衝撃により艦内システムに不具合が出たため
修理のため米フィラデルフィアへ回航
       7月〜修理とともに対空兵装の改修工事を実施。完了は同年末
1945年 7月セイロンへ進出。同月末にはマレー半島沿岸にて艦砲射撃を実施
       9月 2日艦上にてシンガポール地域の日本軍降伏調印が行われる
1946年 7月練習戦艦に類別変更
1947年10月除籍。爆撃訓練の標的として使用される
1949年 2月スクラップとして売却される。翌3月から解体開始
ロドニー[Rodney]
1922年12月28日キャンメル・レイアード社にて起工
1925年12月17日進水
1927年11月10日竣工
1931年 9月乗員が反乱に参加(インヴァーゴードン反乱)
1939年 9月〜本国艦隊に所属し、第二次大戦へ参加
1940年 4月 9日ノルウェーにて独軍機の攻撃を受けるも、爆弾不発のため損傷軽微
      11月〜英国〜カナダ間の輸送任務に従事
1941年 5月24日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
       7月〜米ボストンにて主機の改修工事を実施
       9月〜H部隊に所属し、地中海方面で任務に従事
1942年 1月〜本土へ帰還。修理および改修工事を実施。完了は同年5月
       8月ペデスタル作戦に参加。マルタ島への補給任務を支援
      11月トーチ作戦に参加。北アフリカへの上陸任務を支援
1943年 7月ハスキー作戦に参加。シチリアへの上陸任務を支援
       9月アヴァランチ作戦に参加。サレルノへの上陸任務を支援
1944年 6月ノルマンディー上陸を支援
       9月〜北海にて船団護衛任務に従事
1945年予備役へ編入
1946年除籍。1948年2月スクラップとして売却され、翌月解体開始


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