ウガンダ型(改フィジー型) 軽巡洋艦

"Uganda" Class("Mod.Fiji" Class) Light Cruisers

英国海軍


HMCS Uganda
スペックデータ
排水量:(満)10,840t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油1,700t
全長:(全)169.29m
全幅:18.90m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:5.97m
出力:80,000hp
武装:
50口径6inch3連装砲3基、45口径4inch連装砲4基、
40口径2pdr4連装ポンポン砲3基、爆雷投射機6基、
21inch魚雷3連装発射管2基、(大戦中に40mmボフォース
機関砲4〜8門を追加搭載)、水偵1〜2機搭載
最大速力:32.0kt
航続距離:15ktで7,300浬
乗員定数:約800名前後

同型艦名(3隻)
ウガンダ[Uganda]ニューファンドランド[Newfoundland]セイロン[Ceylon]

ウガンダ型軽巡洋艦について
 「クラウン・コロニー」型(「フィジー」型)の 第2グループとして1939年度に建造された軽巡洋艦。基本設計は変わらないが3番砲塔を撤去し、 水偵搭載のための格納庫を廃止した替わりに2ポンドポンポン砲や対空重機関銃などの対空兵装が強 化されている(「フィジー」型にも大戦末期に3番砲塔やカタパルトを除去して対空兵装を強化した 艦がある)。
 全部で3隻が建造され「フィジー」型同様に竣工直後から戦線へ投入が行われている。また各艦とも 最終的に英国海軍籍を離れ、海外へ貸与または売却されている。
 「フィジー」型後期生産型ということで「フィジー」型と一緒に同型扱いしている資料やサイトもあ るが、当サイトでは「フィジー」型とは別クラスとして扱った。

ウガンダ型軽巡洋艦の歴史
ウガンダ[Uganda]
1939年 7月20日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて起工
1941年 8月 7日進水
1943年 1月 3日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1943年中旬〜シシリー島攻略作戦を支援
      9月〜サレルノ上陸作戦に参加
      9月13日独軍機の爆撃を受け大破。戦線を離脱
     10月〜米チャールストンにて修理を実施。完了は翌年10月
1944年10月21日修理完了を持って、カナダ海軍へ移籍
1945年 1月〜英太平洋艦隊の指揮下に入り、対日本戦に参加
      4月〜TF57に所属し、沖縄攻略作戦に参加
      6月トラック島攻略を支援
      7月TF37に所属し、日本本土攻撃を支援
      8月〜修理のためカナダ本国へ帰還
1952年 1月14日艦名を「ケベック」[Quebec]と改名し、練習巡洋艦となる
1956年 6月15日除籍。61年スクラップとして売却される
ニューファンドランド[Newfoundland]
1939年11月 9日スワン・ハンター社にて起工
1941年12月19日進水
1943年 1月21日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1943年中旬〜シシリー島攻略作戦を支援
      7月23日伊潜水艦「アシアンギ」の雷撃を受け大破
      8月〜マルタでの応急修理後、米ボストンにて修理を実施。完了は翌年4月
1944年 5月〜本国へ帰還し、最終的な修理を実施。完了は同年11月
1945年〜太平洋艦隊に所属し、西太平洋方面へ展開
      6月トラック島攻略を支援
      7月TF37に所属し、日本本土攻撃を支援
      8月29日降伏調印のため東京湾へ入港
1946年(?)〜予備役艦となり、練習任務に従事
1951年〜修理を実施。完了は翌年
1952年11月 5日再就役。第4巡洋艦戦隊旗艦としてインド洋へ展開
1956年〜スエズ動乱のため地中海・紅海方面へ展開
     11月 1日エジプト海軍と交戦。フリゲート艦「ドミアト」[Domiat](元英フリゲート「ニス」)を撃沈
1959年 6月24日除籍。保管船となる
     11月 2日ペルーに売却される
1960年12月「アルミランテ・グラウ」[Almirante Grau]と改名し、ペルー海軍に就役
1973年 5月15日「カピタン・クイノン」[Capitan Quinones]と改名し、係留練習艦となる
1979年頃除籍廃艦となり、スクラップとして解体処分される
セイロン[Ceylon]
1939年 4月27日アレクザンダー・ステフェン社にて起工
1942年 7月30日進水
1943年 7月13日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1943年末第4巡洋艦戦隊に転属し、インド洋方面へ展開
1944年〜スラバヤ、スマトラ等への攻撃任務に従事
     11月〜太平洋艦隊に転属。各地の攻撃任務に従事
1945年 5月〜インド洋へ戻り、終戦を迎える
1946年〜第4および第5巡洋艦戦隊に所属し、インド洋や極東方面で任務に従事
1954年10月 1日本国へ帰還
1955年 3月〜修理及び近代化改修を実施。完了は翌年7月
1957年夏〜南大西洋やインド洋方面にて任務に従事
1959年12月18日除籍。保管船となる
1960年 2月 9日ペルーに売却され、「コロネル・ボロネシ」[Coronel Bolognesi]と改名
1982年 5月除籍。85年スクラップとして売却される


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