タウン型(サザンプトン型) 軽巡洋艦

"Town" Class("Southampton" Class) Light Cruisers

英国海軍


HMS Sheffield
スペックデータ
排水量:(満)11,540t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油2,070t
全長:(全)180.29m
全幅:19.51m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:6.10m
出力:75,000hp
武装:
50口径6inch3連装砲4基、45口径4inch連装砲4基、
40口径2pdr4連装ポンポン砲2基、21inch魚雷3連装
発射管2基、水偵2〜3機搭載
最大速力:32.5kt
航続距離:15ktで9,000浬
乗員定数:750名

同型艦名(5隻)
サザンプトン[Southampton]ニューキャッスル[Newcastle]シェフィールド[Sheffield]
グラスゴー[Glasgow]バーミンガム[Birmingham] 

タウン型軽巡洋艦について
 ロンドン条約により米英日の三カ国は軽巡洋艦(主砲口径6インチ以下)の保有量や個艦あたりの排 水量も制限されてしまった。そのような状況下で日本海軍が6インチ砲の3連装砲塔5基の計15門を 持つ軽巡洋艦「最上」型の 建造を開始した情報をつかんだ米英は、あわててこれに追随した大型軽巡洋艦の建造を行うこととした のである(実際には日本海軍は条約明けに「最上」型を重巡へ改造することを当初から予定していたた め、米英が考えるような重武装軽巡として「最上」型を建造したわけではなかった)。
 英国海軍では「アンフィオン」型 (後の「パース」型)を ベースに3連装砲塔を搭載した艦を計画し たが、水偵搭載設備や煙突形状の変更により「アンフィオン」型とは似てないシルエットを持つ艦とし て完成することになった。
 当初の計画では2隻の建造が予定され、それぞれ「ポリフィーマス」「ミノトー」の艦名が予定され ていたが後に3隻の建造が追加され、艦名も全艦都市名で統一したため「タウン」(Town:都市の意味) 型と呼称されるようになっている。

タウン型軽巡洋艦の歴史
サザンプトン[Southampton]
1934年11月21日ジョン・ブラウン社にて「ポリフィーマス」[Polyphemus]の名で起工
 建造中に艦名を「サザンプトン」と改名
1936年 3月10日進水
1937年 3月 6日竣工
1939年〜第2巡洋艦戦隊旗艦として第二次大戦に参加
     10月16日ロサイスにて独軍機の爆撃を受け損傷
1940年 2月〜第18巡洋艦戦隊に転属
      4月〜ノルウェー沖方面にて作戦を展開
     11月〜地中海方面へ移動し哨戒任務に従事
     12月〜陸軍部隊輸送船団を護衛し紅海へ展開
1941年 1月〜第3巡洋艦戦隊に転属、マルタ島警護に従事
      1月11日マルタ島沖にて独軍機の攻撃を受け大破、味方艦の雷撃により自沈処分
ニューキャッスル[Newcastle]
1934年10月 4日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて「ミノトー」[Minotaur]の名で起工
 建造中に艦名を「ニューキャッスル」と改名
1936年 1月23日進水
1937年 3月 5日竣工
1939年〜WW2開戦時は修理中だったが、完了後は船団護衛に従事
      9月〜第18巡洋艦戦隊に所属し、北海方面の哨戒に従事
1940年 7月〜修理を実施。完了は同年10月
     10月〜南フランスへの攻撃を支援
     11月〜H部隊に所属し、地中海方面で作戦に従事
     12月〜南大西洋部隊に所属し、南アメリカ東岸を哨戒
1942年 2月〜東洋艦隊へ転属
      6月〜地中海艦隊へ転属
      6月15日独魚雷艇S56の雷撃を受け損傷
     10月〜仮修理の後、米ニューヨーク海軍工廠にて本格修理を実施。完了は翌年3月
1943年 5月〜東洋艦隊に所属し、インド洋方面で作戦に従事
1945年 5月〜プリマスにて修理を実施。完了は同年10月
1947年〜第1巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面へ展開
1950年〜近代化改修工事を実施。完了は翌年
1952年〜第5巡洋艦戦隊に所属し、朝鮮戦争に参加
1958年 8月除籍。翌年スクラップとして売却される
シェフィールド[Sheffield]
1935年 1月31日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて起工
1936年 7月23日進水
1937年 8月25日竣工
1939年〜第18巡洋艦戦隊に所属し第二次大戦に参加
1940年 8月〜H部隊に所属し、地中海方面で作戦に従事
1941年 2月〜ビシーフランスを警戒のため哨戒行動を実施
      3月〜マルタ島への作戦を展開
      5月〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
     10月 3日オルテガ沖にて独補給船「コタ・ペナン」[Kota Pinang]を撃沈
     10月〜北海方面にて哨戒活動に従事
1942年 3月〜修理を実施。完了は同年10月
     11月〜北アフリカ上陸作戦(トーチ作戦)を支援
     12月31日バレンツ海海戦に参加
1943年 2月〜北海方面にて哨戒活動に従事
      9月〜サレルノ上陸作戦を支援
     12月北岬沖海戦に参加。独戦艦「シャルンホルスト」を撃沈
1944年〜米ボストンにてオーバーホールを実施。完了は46年
1949年〜チャタム造船にて修理を実施。完了は翌年
1950年〜本国艦隊(第2巡洋艦戦隊)などで任務に従事
1959年 1月予備役へ編入。予備艦隊旗艦となる
1964年 9月破棄リストに掲載され、67年スクラップとして解体処分される
グラスゴー[Glasgow]
1935年 4月16日スコッツ社にて起工
1936年 6月20日進水
1937年 9月 9日竣工
1939年〜第2巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
1940年 4月〜ノルウェー沖方面にて作戦を展開
      7月16日ペントランド海峡にて濃霧のため駆逐艦「イモジェン」と衝突事故
     11月〜地中海方面へ移動
     12月 3日スダ湾にて枢軸軍機の雷撃を受け大破
1941年 1月〜修理を実施。完了は同年8月
      9月〜東インド洋方面へ移動。哨戒任務などに従事
1942年 5月〜米国にて修理を実施。完了は同年8月
1943年 3月〜第10巡洋艦戦隊に所属し、哨戒や船団護衛に従事
     12月〜ビスケー湾にて独駆逐艦に対する警戒活動に従事
1944年 6月 6日〜ノルマンディ上陸作戦を支援
      6月25日シェルブール砲撃に際して、陸上砲台の砲火を受け損傷
      7月〜修理を実施。完了は翌年5月
1945年 8月〜東インド洋方面へ移動
1948年〜西インド諸島へ展開
1951年〜地中海方面へ展開
1958年 3月除籍。同年7月スクラップとして解体処分される
バーミンガム[Birmingham]
1935年 7月18日デヴォンポート工廠にて起工
1936年 9月 1日進水
1937年11月18日竣工
1939年〜本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1940年 4月〜ノルウェー沖方面にて作戦を展開
      9月〜修理を実施。完了は同年12月
1941年 1月〜中東方面で哨戒活動に従事
      5月23日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
      7月〜東洋艦隊へ転属
1942年 2月〜西大西洋艦隊南米隊旗艦として南アメリカ沿岸へ展開
      6月〜地中海方面へ移動。哨戒活動などに従事
1943年 4月〜英本国にて修理を実施
     11月28日キレナイカにて独潜水艦「U-407」の雷撃を受け大破
     12月〜米国にて修理を実施。完了は翌年11月
1944年12月〜本国艦隊に所属し、ノルウェー近海で作戦行動
1948年〜第4巡洋艦戦隊に所属し、インド洋へ展開
1952年〜第5巡洋艦戦隊に所属し、朝鮮戦争へ参加
1955年〜第1巡洋艦戦隊旗艦として、地中海方面へ展開
1959年12月13日除籍。翌年スクラップとして売却される


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