リアンダー型 軽巡洋艦

"Leander" Class Light Cruisers

英国海軍


HMS Orion
スペックデータ
排水量:(満)9,350t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,780t
全長:(全)168.87m
全幅:16.89m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:5.82m
出力:72,000hp
武装:
50口径6inch連装砲4基、45口径4inch単装砲4基(後に連装砲へ換装)、
21inch魚雷4連装発射管2基、水偵1機搭載
最大速力:32.5kt
航続距離:15ktで7,500浬
乗員定数:570名

同型艦名(5隻)
リアンダー[Leander]アキリーズ[Achilles]ネプチューン[Neptune]
エイジャックス[Ajax]オリオン[Orion] 

リアンダー型軽巡洋艦について

 ロンドン海軍条約で巡洋艦保有量(総排水量)を制限されてしまったため、英国海軍では大型の重巡洋艦を建造せずに小型の軽巡洋艦を多数建造することにした。そこで軽巡洋艦として認められている6インチ砲を8門搭載するモデルとして最初に建造されたのが当「リアンダー」型である。
 船体の基本設計は「ヨーク」型(正確には改良型である「エグゼター」)を参考にしたものであるが、フォクスル・デッキは艦橋部分までと短くなっており、また煙突は大きな1つの集合煙突にまとめられている。搭載する主砲は戦艦「ネルソン」型が副砲として使用している6インチ砲の改良型Mk23が採用されている。重巡と同様、大戦前に対空兵装の強化などの改修を受け、また戦時中もレーダーの追加などが行われている。

 大戦初頭の「グラフ・シュペー」追撃戦からマタパン岬沖海戦、ノルマンディー上陸作戦など欧州戦線の重大局面には必ず登場した当クラスだったが、幸運にも戦没したのは「ネプチューン」だけであった。


リアンダー型軽巡洋艦の歴史
リアンダー[Leander]
1930年 9月 8日デヴォンポート工廠にて起工
1931年 9月24日進水
1933年 3月23日竣工
 本国艦隊に所属し、任務に従事
1937年 4月ニュージーランドへ貸与される
1939年〜南太平洋で哨戒や船団護衛に従事
1940年 2月 6日ニュージーランド100周年記念式典に出席
       5月〜インド洋・紅海方面で哨戒・船団護衛に従事
       6月23日伊潜「エヴァンジェリスタ・トリチェリ」を砲撃、撃沈(他艦と共同)
      10月21日伊駆逐艦と交戦、損傷した英駆逐艦「キンバリー」を曳航しポートスーダンへ帰還
1941年 1月〜コロンボを拠点に西インド洋の哨戒任務に従事
       6月〜地中海艦隊の指揮下に編入される
      12月〜対日本戦開戦のため、太平洋戦線へ移動(ANZAC艦隊に編入)
1942年〜ソロモン海にて哨戒活動に従事
1943年 3月〜米第18任務部隊の指揮下へ編入される
       7月12日コロンバンガラ島沖海戦に参加。日軽巡「神通」の雷撃を受け大破、戦線離脱
      12月31日〜ボストンにて修理を実施。完了は45年9月
1944年 5月 8日指揮権を英海軍へ返還される(船体は修理中)
1946年復帰後、地中海艦隊へ配属される
1947年12月除籍。翌年スクラップとして売却される
アキリーズ[Achilles]
1931年 7月11日キャンメル・レイアード社にて起工
1932年 9月 1日進水
1933年10月 5日竣工
 本国艦隊に所属し、任務に従事
1936年 3月ニュージーランドへ貸与される
1939年 8月〜南アメリカ近海で通商破壊艦に対する哨戒任務に従事
      12月ラプラタ沖海戦に参加。独装甲艦「グラフ・シュペー」の砲撃を受け小破
1940年 6月〜ニュージーランド近海で船団護衛などに従事
1942年 2月〜対日本戦開戦のため、ANZAC艦隊に編入
1943年 1月 5日日本軍機の攻撃を受け損傷
       4月〜ポーツマスにて修理を実施。完了は翌年5月
1944年 5月〜東洋艦隊の指揮下に編入される
1945年 5月先島諸島攻略支援に従事
       7月〜日本本土攻撃の支援に従事
       9月17日指揮権を英海軍へ返還される
1947年 7月 5日(48年説有り)インド海軍に売却され、艦名を「デリー」[Dehli]と改名
1955年?英映画『戦艦シュペー号の最後』(原題"The Battle of The River Plate")
(1956年公開)撮影に協力。HMS Achillesとして登場
1961年12月ポルトガル領の武力併合に参加(ゴア戦争)
1978年 7月30日インド海軍除籍。後に解体処分
ネプチューン[Neptune]
1931年 9月24日ポーツマス工廠にて起工
1933年 1月31日進水
1934年 2月22日竣工
 本国艦隊に所属し、任務に従事
1939年 9月〜第6巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
1940年 5月〜第7巡洋艦戦隊に編入、地中海方面で作戦に従事
1941年 5月〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
      12月19日トリポリ近海にて触雷、沈没
オリオン[Orion]
1931年 9月26日デヴォンポート工廠にて起工
1932年11月24日進水
1934年 1月16日竣工
 本国艦隊に所属し、任務に従事
1937年〜第8巡洋艦戦隊に所属し、バミューダで任務に従事
1940年 7月〜第7巡洋艦戦旗艦となり、地中海方面で作戦に従事
       9月 4日エーゲ海カソス島付近にて伊魚雷艇「MAS537」を撃沈(他艦と共同)
1941年 3月27日マタパン岬沖海戦に参加
       5月29日独軍機の攻撃を受け、損傷
       6月〜米メアー・アイランド工廠にて修理を実施。完了は翌年2月
1942年11月〜第15巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面で作戦に従事
1943年〜シシリー島攻撃を支援
       9月〜サレルノ、アンツィオ上陸作戦などを支援
1944年 6月ノルマンディ上陸作戦を支援
       8月南フランス上陸作戦を支援
1945年 4月独軍機の攻撃を受け、損傷
1946年〜修理後は標的艦として訓練任務に従事
1947年除籍。49年スクラップとして売却される
エイジャックス[Ajax]
1933年 2月 7日ヴィッカース・アームストロング社バーロー造船所にて起工
1934年 3月 1日進水
1935年 4月12日竣工
 本国艦隊に所属し、任務に従事
1939年 8月〜南アメリカ近海で通商破壊艦に対する哨戒任務に従事
      12月ラプラタ沖海戦に参加。独装甲艦「グラフ・シュペー」の砲撃を受け中破
 修理を実施。完了は翌年7月
1940年 夏〜第7巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面で作戦に従事
      10月12日伊水雷艇隊と交戦。伊水雷艇「アイローネ」「アリエル」を撃沈
1941年 3月27日マタパン岬沖海戦に参加
1942年 5月〜チャタム工廠にて修理を実施。完了は同年10月
1943年 1月 1日独軍機の攻撃を受け、損傷
       3月〜米ニューヨーク海軍工廠にて修理を実施。完了は同年10月
1944年 6月ノルマンディ上陸作戦を支援
       8月南フランス上陸作戦を支援
1948年 2月除籍。翌年スクラップとして売却される


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