クラウン・コロニー型(フィジー型) 軽巡洋艦

"Crown Colony" Class("Fiji" Class) Light Cruisers

英国海軍


HMS Mauritius
スペックデータ
排水量:(満)10,725t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油1,700t
全長:(全)169.29m
全幅:18.90m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:5.97m
出力:72,500hp
武装:
50口径6inch3連装砲4基、45口径4inch連装砲4基、
40口径2pdr4連装ポンポン砲2基、爆雷投射機6基、
21inch魚雷3連装発射管2基、(大戦中に40mmボフォース
機関砲4〜8門を追加搭載)、水偵1〜2機搭載
最大速力:32.0kt
航続距離:15ktで7,400浬
乗員定数:800名前後

同型艦名(8隻)
フィジー[Fiji]ケニア[Kenya]ナイジェリア[Nigeria]
モーリシャス[Mauritius]トリニダード[Trinidad]ガンビア[Gambia]
ジャマイカ[Jamaica]バーミューダ[Bermuda] 

クラウン・コロニー型軽巡洋艦について
 「ディド」型と同様に英国 海軍の増強計画に基づいて建造された軽巡洋艦であるが、こちらはロンドン条約の制限を一杯に使った 大型のものである。
 船体の基本設計や兵装は 「タウン」型のものを 踏襲しているが、重量軽減のため船体サイズは一回り小さくなっており、また装甲の配置や厚さなどが 変更されている。煙突やマストの形状は「タウン」型では傾斜していたものが、当クラスでは直立した ものへ改められ、艦尾の形状も丸いクルーザー・スタンから角張ったトランザム・スタンへ変更された。
 各艦の艦名はすべて英国植民地の名前が付けられたことから、総称して「クラウン・コロニー」(英 国直轄植民地の意)型と呼ばれるが、ネームシップの名前を取って「フィジー」型とも呼ばれることも ある。なお当サイトでは後期生産型の3隻を「ウガンダ」型として別項目としたが、資料によっては分 けていないものもある。

クラウン・コロニー型軽巡洋艦の歴史
フィジー[Fiji]
1938年 3月30日ジョン・ブラウン社にて起工
1939年 5月31日進水
1940年 5月 5日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
      8月31日〜メナス作戦(ダカール強襲)に参加
      9月 1日独潜水艦「U−32」の雷撃を受け損傷
      9月〜本国にて修理を実施。完了は翌年2月
1941年 3月〜デンマーク海峡にて哨戒任務に従事
      4月〜H部隊に所属し、マルタ島への輸送部隊護衛に従事
      5月22日クレタ島沖にて枢軸軍機の攻撃を受け戦闘不能。自沈処分となる
ケニア[Kenya]
1938年 6月18日アレクザンダー・ステフェン社にて起工
1939年 8月18日進水
1940年 9月27日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1941年 5月〜第2巡洋艦戦隊に所属し、独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
      9月〜地中海方面へ進出。沿岸地域への砲撃を実施
     11月〜ノルウェー北部へ進出。北海にて警護活動に従事
1942年 6月〜地中海方面へ移動。ハープーン作戦に参加
      8月ペデスタル作戦に参加
      8月12日伊潜「アラジ」の雷撃を受け損傷
      9月〜修理を実施。完了は同年末
1943年〜戦線に復帰。本国艦隊に所属し哨戒任務などに従事
1944年 1月〜東インド洋へ展開。第4巡洋艦戦隊に所属
1945年〜東南アジア方面への攻撃を支援
1945年後半終戦のため本国へ帰還。修理を実施。完了は翌年
1946年10月〜第8巡洋艦戦隊に所属し、西インド諸島へ展開
1948年〜保管船となる
1951年〜朝鮮戦争勃発のため再就役。第4巡洋艦戦隊に所属し朝鮮戦争へ参加
1952年〜第1巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面へ展開
1957年〜第1巡洋艦戦隊旗艦となる
1958年 9月除籍。保管船となる
1962年10月スクラップとして売却される
ナイジェリア[Nigeria]
1938年 2月 8日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて起工
1939年 7月18日進水
1940年 9月23日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1941年 3月〜ロフォーテン諸島襲撃や独補給線破壊に従事
      8月〜スピッツベルゲン島襲撃に参加
1942年 1月マヤン島沖にて独気象観測船「ラウエンブルグ」[Lauenburg]を拿捕
      8月12日伊潜「アクスム」の雷撃を受け損傷
      9月〜米チャールストンにて修理を実施。完了は翌年6月
1944年〜東インド洋へ展開。東南アジア方面にて油田や飛行場攻撃に参加
1945年〜マレー半島攻略を支援
     12月〜本国にて修理を実施。完了は翌年4月
1946年〜第6巡洋艦戦隊旗艦として南大西洋方面へ展開
1950年 9月〜保管船となる
1954年 4月 8日インドへ売却される
     10月〜キャンメル・レイアード社にて改修工事を実施。完了は57年4月
1957年 8月インド海軍に就役。艦名を「マイソール」[Mysore]と改名
1975年〜インド海軍にて練習巡洋艦として使用される
1985年 8月20日除籍。翌年スクラップとして解体処分される
モーリシャス[Mauritius]
1938年 3月31日スワン・ハンター社にて起工
1939年 7月19日進水
1941年 1月 4日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1942年〜東インド洋へ移動。東洋艦隊に転属
1943年 4月〜修理の後、地中海艦隊へ転属
      6月〜シシリー島上陸作戦を支援
      9月〜サレルノ上陸作戦を支援
     12月〜ビスケー湾に移動。哨戒任務に従事
1944年 1月〜再度、地中海へ移動。アンツィオ上陸作戦を支援
      6月ノルマンディ上陸作戦を支援
      8月14日独魚雷艇隊と交戦。独魚雷艇S157を撃沈
1945年 1月独駆逐艦「Z.31」と交戦。これを大破させる
      2月〜キャンメル・レイアード社にて修理を実施。完了は翌年3月
1946年〜第15巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面へ展開
1949年〜第4巡洋艦戦隊に所属し、東インド洋方面へ展開
1952年除籍。保管船となる
1965年 3月スクラップとして売却される
トリニダード[Trinidad]
1938年 4月21日デヴォンポート工廠にて起工
1940年 3月21日進水
1941年10月14日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1942年 3月29日船団護衛中に独駆逐艦「Z.26」の雷撃を受け損傷
 到着先であるムルマンスクにて仮修理を実施。5月13日ムルマンスクを出港
      5月14日バレンツ海にて独軍機の攻撃を受け大破。航行不能となる
      5月15日味方駆逐艦の雷撃により自沈処分される
ガンビア[Gambia]
1938年 7月24日スワン・ハンター社にて起工
1940年11月30日進水
1942年 2月21日竣工
 東洋艦隊に所属し、第二次大戦に参加
      9月マダガスカル攻略作戦に参加
1943年 6月〜本国へ帰還し、修理を実施。完了は同年9月
      9月22日ニュージーランド海軍へ貸与される(ただし英艦隊指揮下のままであった)
     12月〜ビスケー湾を拠点に、独輸送船の哨戒活動に従事
1944年 2月〜太平洋方面へ移動。太平洋艦隊へ転属
     11月〜東南アジア方面の油田や飛行場に対する攻撃に参加
1945年〜台湾や沖縄攻略に参加
1946年 3月27日英国へ返還され、以降修理を実施
      7月 1日修理完了を持って、英海軍籍に復帰。第1巡洋艦戦隊に所属
1954年10月〜第2巡洋艦戦隊に転属。地中海方面へ展開
1955年第4巡洋艦戦隊旗艦となり、インド洋方面へ展開
1958年11月〜再度、第1巡洋艦戦隊に転属
1960年12月除籍。保管船となる
1968年12月スクラップとして売却される
ジャマイカ[Jamaica]
1938年 4月28日ヴィッカース・アームストロング社バーロー造船所にて起工
1940年11月16日進水
1942年 7月29日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加。主に大西洋・北海での船団護衛に従事
1942年11月北アフリカ上陸作戦を支援
1943年12月北岬沖海戦に参加。独戦艦「シャルンホルスト」撃沈
1945年 9月〜第4巡洋艦戦隊に転属。インド洋方面へ展開
1948年〜第8巡洋艦戦隊に転属。バミューダ方面へ展開
1951年〜第5巡洋艦戦隊に転属。朝鮮戦争に参加
1953年〜本国に帰還し、修理を実施。完了は翌年
1957年11月20日除籍。保管船となる
1960年12月スクラップとして売却される
バーミューダ[Bermuda]
1938年11月30日ジョン・ブラウン社にて起工
1941年 9月11日進水
1942年 8月21日竣工
 本国艦隊に所属し、第二次大戦に参加
1943年北アフリカ上陸作戦を支援
1944年〜ビスケー湾を拠点に、独輸送船の哨戒活動に従事
1945年〜太平洋艦隊へ転属。インド洋方面にて作戦に従事
1947年 6月〜本国艦隊へ転属。南大西洋方面へ展開
1953年〜第1巡洋艦戦隊へ転属。地中海方面へ展開
1955年11月〜修理を実施。完了は57年10月
1957年11月〜本国艦隊や地中海艦隊に所属し、任務に従事
1962年除籍。65年スクラップとして解体処分される


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