アブディエル型 敷設(巡洋)艦

"Abdiel" Class Minelayer(Minelaying Cruiser)

英国海軍 イギリス海軍


HMS Abdiel
HMS Apollo
(上段)「アブディエル」(1943年)/(下段)「アポロ」(1945年)(どちらもPhoto from Wikimedia Commons)
スペックデータ(性能は計画値。【 】内は第2グループの数値。兵装は竣工時のもの)
排水量:(常)3,415t
     【(常)4,100t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油700t【825t】
全長:(全)127.4m
全幅:12.2m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.65m【4.93m】
出力:72,000hp
武装:
45口径10.2cm連装砲3基【2基】、39口径40mm4連装ポンポン砲1基【56口径
40mm連装機関砲2基】、12.7mm4連装機銃2基【70口径20mm連装機関砲6基】、
機雷100〜156個搭載
最大速力:39.7kt
航続距離:38ktで1,000浬
       15ktで4,200浬
      【15ktで4,600浬】
乗員定数:242〜246名
      【257名】

同型艦名(4隻+2隻)
(第1グループ)
アブディエル [Abdiel]レートーナ [Latona]マンクスマン [Manxman]
ウェルシュマン [Welshman]  
(第2グループ)
アリアドネー [Ariadne]アポロ [Apollo] 

アブディエル型敷設(巡洋)艦について

 イギリス海軍が1920年代に建造した敷設巡洋艦「アドヴェンチャー」に続く敷設巡洋艦として設計・建造された艦。「アドヴェンチャー」よりも一回り小さい船体だが、機雷搭載数や砲熕兵装を縮小するかわりに強力な機関が搭載され、40ノット近い高速を発揮するよう計画されている。
 1938年度および39年度の計画で4隻の建造が予定されたが、第二次大戦が始まったため1941年度に2隻の建造が追加されている。追加された2隻は主砲を1基減じて、かわりに対空兵装が強化された。

 第二次大戦では、その高速と艦内の機雷搭載スペースを利用して、機雷敷設よりも高速輸送艦として使用されることが多かったと言われる。6隻の姉妹艦のうち3隻が戦没しているが、生き残った3隻は1960年代まで英海軍で使用されている。


アブディエル型敷設(巡洋)艦の歴史
アブディエル [Abdiel] (M39)
1939年 3月29日J.S.ホワイト社[J. Samuel White]にて起工
1940年 4月23日進水
1941年 4月15日竣工
       4月17日〜習熟訓練や全力公試をキャンセルして、マルタ島への緊急輸送艦隊に参加
       5月〜地中海艦隊に配属。船団護衛や北アフリカへの上陸支援に従事
       5月31日クレタ島からの撤退作戦を支援。7月からは輸送任務に従事
1942年 1月〜東洋艦隊へ転属。トリンコマリーへ移動
ベンガル湾や紅海(アデン湾)での機雷敷設に従事
       6月〜英本国へ帰還。帰還途中ケープタウンからの金塊輸送に従事
翌月本国へ到着。クライドにて金塊を降ろした後、オーバーホールを実施
      12月〜戦線へ復帰。翌月から地中海へ展開
1943年 1月〜ジブラルタルやシチリア、マルタ周辺などで掃海や機雷敷設に従事
       9月 9日イタリア侵攻(スラップスティック作戦)に参加
兵員輸送のためタラント沖に展開中、独魚雷艇が敷設した機雷に触雷し沈没
レートーナ [Latona] (M76)
1939年 4月 4日ソーニクロフト社[John I. Thornycroft]にて起工
1940年 8月20日進水
1941年 5月 4日竣工
       5月16日〜地中海艦隊に配属。対空兵装の強化を実施
       6月〜地中海東部や北アフリカ沿岸の作戦支援を実施
      10月25日トブルクへの兵員輸送中、バルディア[Bardia]沖にて独軍機の攻撃を受け沈没
マンクスマン [Manxman] (M70 → N70)
1939年 3月24日アレクザンダー・ステフェン社[Alexander Stephen & Sons]にて起工
1940年 9月 5日進水
1941年 6月 7日竣工
       7月〜ムルマンスクへの機雷輸送に従事
任務完了後、同月末から地中海へ展開
       8月13日ジェノヴァ湾への機雷敷設(ミンスミート作戦)に参加
フランス沿岸通過の際に仏大型駆逐艦の塗装を偽装した
      10月〜本国艦隊へ転属。北海やイギリス海峡にて機雷敷設に従事
1942年 3月〜東洋艦隊へ転属。ベンガル湾やインド洋などで船団護衛や機雷敷設に従事
      10月マダガスカル攻略を支援
任務完了後は地中海艦隊へ転属
      11月〜マルタ島への輸送支援やシチリア海峡への機雷敷設に従事
      12月 1日オランの北東沖にて独潜「U-375」の雷撃を受け大破
オランで応急修理後、ジブラルタルへ移動しドック入りする
1943年 6月〜ジブラルタルから本国(ニューカッスル)へ移動しドック入りする
1945年 4月10日修理完了し再就役
       7月〜太平洋艦隊へ転属。メルボルンへ向け出港
       8月〜終戦直後にオーストラリアへ到着。復員や輸送任務に従事
1946年 6月〜本国へ帰還
1947年末〜予備役艦隊へ配属
1951年 9月〜地中海艦隊へ転属
1956年スエズ危機に際し作戦に従事
1963年 9月〜シンガポールへ転属。掃海隊の支援任務に従事
1969年 2月〜本国へ帰還し英海軍機関学校の練習艦となる
1969年末艦内火災により深刻なダメージを受ける
1972年10月除籍。解体処分
ウェルシュマン [Welshman] (M84)
1939年 6月 8日ホーソン・レスリー社[Hawthorn Leslie]にて起工
1940年 9月 4日進水
1941年 8月25日竣工
       9月〜本国艦隊に配属。北海やイギリス海峡にて機雷敷設に従事
1942年 5月〜地中海艦隊へ転属。マルタへの輸送作戦や地中海東部での作戦支援に参加
      11月〜北アフリカ上陸(トーチ作戦)を支援
1943年 2月 1日トブルク東方沖にて独潜「U-617」の雷撃を受け沈没
アリアドネー [Ariadne] (M01 → N01)
1941年11月15日アレクザンダー・ステフェン社にて起工
1943年 2月16日進水
      10月 9日竣工
      12月〜本国艦隊に配属。大西洋での警備任務やジブラルタルへの機雷敷設に従事
1944年 3月〜米海軍へ貸与。米第7艦隊指揮下へ入る
       6月ニューギニア沿岸部への機雷敷設に従事
      10月〜レイテなどへの上陸作戦を支援
1945年 3月〜英海軍へ返還。本国へ帰還し本国艦隊へ配属
       4月〜北海などで機雷敷設に従事
       7月〜太平洋艦隊へ転属。メルボルンへ向け出港
       8月〜終戦直後にオーストラリアへ到着。復員や輸送任務に従事
1946年予備役艦隊へ配属
1950年代初頭対空兵装などの近代化改修を実施
1965年除籍。同年6月解体処分
アポロ [Apollo] (M65 → N65)
1941年10月10日ホーソン・レスリー社にて起工
1943年 4月 5日進水
1944年 2月12日竣工
       3月〜本国艦隊に配属。フランス沖への機雷敷設に従事
       6月ノルマンディ上陸(ネプチューン作戦)を支援
       6月 7日アイゼンハワー以下の司令部要員を載せ前線視察中に座礁し推進機を損傷
司令部要員を駆逐艦へ移乗後、修理のためシアネスへ帰還
      10月〜戦線へ復帰。本国西方沖などで機雷敷設に従事
1945年 4月〜コラ湾への機雷敷設に従事
       5月対独戦終結後、ノルウェー皇太子および亡命政府要人をノルウェーへ送り届ける
       7月〜太平洋艦隊へ転属。メルボルンへ向け出港
       8月〜8月1日にオーストラリアへ到着。終戦後は復員や輸送任務に従事
1946年予備役艦隊へ配属
1951年朝鮮戦争勃発後、再就役。本国艦隊に配属
1953年エリザベス女王戴冠記念観艦式に参加
1961年除籍。翌年解体処分


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