フッド型 巡洋戦艦

"Hood" Class BattleCruisers

英国海軍


HMS Hood

HMS Hood
HMS「フッド」((上段)1924年/(下段)1941年頃)

下記写真はイーグルモス社発行「隔週刊 世界の軍艦コレクション」付属の模型です(クリックで拡大(要Javascript))
フッド
第22号(2013.11.26)
巡洋戦艦「フッド」1940年

スペックデータ(建造当初)
排水量:(満)46,880t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×24基 燃料搭載量:重油4,000t
全長:(全)262.3m
全幅:28.9m 主機:Brown-Curtis式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:10.2m
出力:144,000hp
武装:
42口径15inch連装砲4基、50口径5.5inch単装砲12基、
45口径4inch単装高角砲4基、21inch魚雷発射管6門
最大速力:31.0kt
航続距離:18ktで5,950浬
乗員定数:1,341名
スペックデータ(最終改装後(第二次大戦直前))
排水量:(満)48,360t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×24基 燃料搭載量:重油4,000t
全長:(全)262.3m
全幅:31.7m 主機:Brown-Curtis式ギヤードタービン×4基、4軸推進
吃水:10.2m
出力:151,280hp
武装:
42口径15inch連装砲4基、45口径4inch連装高角砲7基、
40口径2pdrポンポン砲3基、21inch魚雷発射管4門、
7inch対空ロケット20連装砲5基
最大速力:29.0kt
航続距離:10ktで4,000浬
乗員定数:1,421名

同型艦名(1隻+建造中止3隻)
フッド[Hood]ロドニー[Rodney]ハウ[Howe]アンソン[Anson]

フッド型巡洋戦艦について
 第一次大戦中、ドイツが巡洋戦艦「マッケンゼン」[Mackensen]型を建造していることを察知した英国ではこれに対抗できる巡洋戦艦の建造を計画した。これはその時点で建造して(されて)いた英巡洋戦艦(「レナウン」型や「カレイジャス」型)では速力こそ対抗できても防御力が弱く砲撃戦に不安があったからである。
 15インチ砲八門と「クイーン・エリザベス」型戦艦と同口径・同門数だったが、砲の仰角を改善したMk.IIと呼ばれる砲であったため同等以上の性能を持ち、「レナウン」型よりも強化された装甲を持つ当艦は四隻の姉妹艦建造が計画された。しかしドイツが「マッケンゼン」型の建造を中止したことから三隻の建造が中止され、ある程度建造が進んでいた「フッド」のみが第一次大戦後に竣工している。
 竣工当時世界最大の戦艦として英国海軍の象徴的艦となった「フッド」であるが、やはり防御力に難があり、何度か防御力強化改修の提案が行われたものの、兵装改修以外の改修工事は予算の都合から見送られ、結局防御力についてはほとんど手つかずのまま第二次大戦を迎えている。
 第二次大戦では本国艦隊に所属し作戦行動を行ったが、有名な「ビスマルク」追撃戦において「ビスマルク」の放った巨弾が命中、防御力の弱さから轟沈してしまった。このとき1,400名以上いた乗員のうち救助された生存者はたった三名であったと伝えられる。
 (2016,01,31追記)2015年夏にアメリカの実業家ポール・アレン(マイクロソフト社の共同創業者。2015年3月にはシブヤン海で戦没した日本の戦艦「武蔵」を発見している)が、フッドの残骸から号鐘の回収に成功している。

フッド型巡洋戦艦の歴史
フッド[Hood]
1916年 5月31日ジョン・ブラウン社にて起工(一度建造中止となり同年9月に再開)
1918年 8月22日進水
1920年 5月15日竣工
1920年代前半大西洋艦隊に所属し、スカンジナビア諸国やブラジル、東インド諸島などに巡行
1924年 9月〜デヴォンポートにて小規模な改装工事を実施(25年1月完了)
1926年11月〜デヴォンポートにて小規模な改装工事を実施(27年1月完了)
1929年 5月〜ポーツマスにて改修工事を実施(31年6月完了)
1931年 9月乗員の一部がインバーゴードン反乱に参加
1932年本国艦隊(大西洋艦隊から改称)に所属
       3月〜ポーツマスにて小規模な改装工事を実施(同年5月完了)
1933年 6月〜ポーツマスにて小規模な改装工事を実施(同年9月完了)
1935年 1月23日スペイン沿岸にて英巡戦「レナウン」と衝突事故をおこし損傷
1936年 7月〜地中海艦隊に所属。内戦中のスペイン近海において警備にあたる
1937年 4月23日フランスからスペインへ穀物を輸送していた英輸送船三隻をスペイン海軍が妨害した
ので、輸送船の救援・護衛のため出撃
1938年 8月ジブラルタル海峡を航行中に座礁、損傷を負う
       9月〜修理に併せて兵装改修工事を実施
1939年 9月〜本国艦隊に所属し第二次大戦に参加。船団護衛や哨戒任務などに従事
       9月26日北海にてドイツ軍機の攻撃を受け小破
      11月〜フランス沿岸警備に従事
1940年 6月〜イタリア参戦を受け、地中海艦隊に転属。H部隊旗艦となる
       7月 3日仏領アルジェリアのメルセルケビール軍港を砲撃(メルセルケビール海戦)
       8月〜本国艦隊に転属
1941年 3月小規模改修を実施。機関オーバーホール、レーダー装備の設置
       5月21日独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
       5月24日「ビスマルク」および独重巡「プリンツ・オイゲン」を発見、交戦(デンマーク海峡海戦)
「ビスマルク」の砲撃を受け沈没
ロドニー[Rodney]
1916年10月 9日フェアフィールド造船所にて起工
1917年 3月建造中止となる
1918年10月建造計画廃棄となり、船台上で解体処分された
ハウ[Howe]
1916年10月16日キャンメル・レイアード社にて起工
1917年 3月建造中止となる
1918年10月建造計画廃棄となり、船台上で解体処分された
アンソン[Anson]
1916年11月 9日アームストロング社にて起工
1917年 3月建造中止となる
1918年10月建造計画廃棄となり、船台上で解体処分された


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