ヨーク型 重巡洋艦

"York" Class Heavy Cruisers

英国海軍


HMS York

HMS Exeter
スペックデータ(【 】内はExeterの数値)
排水量:(満)10,550t
     【(満)10,645t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油1,970t
       【重油1,925t】
全長:(全)175.26m
全幅:17.37m
   【17.68m】
主機:Parsons式蒸気ギアタービン×4基、4軸推進
吃水:6.09m
出力:80,000hp
武装:
50口径8inch連装砲3基、45口径4inch単装砲4基(後に連装砲へ換装)、
40口径2pdrポンポン砲2〜4基(最終的に24門まで増設)、21inch魚雷
3連装発射管2基(後に撤去)、水偵2機搭載
最大速力:32.0kt
航続距離:15ktで6,200浬
乗員定数:約900名

準同型艦名(2隻)
ヨーク[York]エグゼター[Exeter]

ヨーク型重巡洋艦について
 英国海軍はワシントン条約で決められた上限一杯のサイズで 「ケント」型重巡洋艦 を建造することに したが、同時に乗組員の削減や建造費を抑えるために一回り小型化した重巡洋艦も建造する計画を立て た。そこで建造されたのが当「ヨーク」とその改良型である「エグゼター」である(当サイトでは両艦 を準同型として同じページで扱っている)。
 船体を小型化するため「ケント」型よりも主砲塔を1基減らしているが、機関は同じ物が搭載されて いるため排水量が減った分だけ速度は向上している(ただし搭載燃料も減ったので航続距離は短くなっ てしまった)。また上甲板が「ケント」型ではフラッシュデッキ(艦首から艦尾まで同じ高さ)だった ものを艦中央部で一段下がるロング・フォクスルへ変更されている。なお機関に変更がないため煙突は 当初計画では「ケント」型同様に3本を予定されていたが、艦の全長が短くなり3本煙突では艦橋へ煤 塵がかかるおそれがあったため、2本に減らされている。
 結局、想定していたほど建造費の削減が出来なかったので、同等クラスの重巡は以降建造されること は無く、また仮想敵国であった独海軍の規模からしても多数の重巡洋艦を保有することに意義を見いだ せなかったため、これ以降英国海軍では終戦まで重巡洋艦の建造は行われなかった。

ヨーク型重巡洋艦の歴史
ヨーク[York]
1927年 5月16日パーマーズ社にて起工
1928年 6月17日進水
1930年 5月 1日竣工
 バミューダ方面にて任務に従事
1935年〜アビシニア危機のため地中海へ派遣
1939年10月〜第二次大戦勃発により、船団護衛任務に従事
1940年 3月〜デンマーク海峡にて哨戒活動に従事
      夏〜第3巡洋艦戦隊に所属し、地中海方面で作戦に従事
     10月12日マルタ島付近で伊水雷艇隊と交戦
1941年 3月26日クレタ島撤退作戦に従事中、伊魚雷艇の攻撃を受け大破、スダ湾に擱座
      5月22日放棄が決定、除籍となる
エグゼター[Exeter]
1928年 8月 1日デヴォンポート工廠にて起工
1929年 7月18日進水
1931年 7月27日竣工
 大西洋方面にて任務に従事
1935年〜アビシニア危機のため地中海へ派遣
1939年 9月〜G部隊に所属し、独装甲艦「グラフ・シュペー」追撃に参加
     12月13日ラプラタ沖海戦に参加。「グラフ・シュペー」の砲撃を受け大破
1940年〜英本国にて修理を実施。戦線復帰は翌年3月
1941年 春〜大西洋方面で船団護衛に従事
1942年初頭東洋艦隊に所属し、インド洋へ展開
1942年 2月27日〜スラバヤ沖海戦に参加。日重巡「羽黒」の砲撃により中破、戦線離脱
      3月 1日スラバヤにて応急修理の後セイロンへ向け出港するが、日本艦隊に捕捉される
日本艦隊(第5戦隊)の砲雷撃を受け、沈没


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