ノーフォーク型 重巡洋艦

"Norfolk" Class Heavy Cruisers ("County" Class "C" type)

英国海軍


HMS Norfolk
スペックデータ
排水量:(満)13,420t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油3,220t
全長:(全)192.84m
全幅:20.12m 主機:Parsons式蒸気ギヤタービン×4基、4軸推進
吃水:6.60m
出力:80,000hp
武装:
50口径8inch連装砲4基、45口径4inch単装砲4基(後に連装砲
4基に換装された)、40口径2pdr8連装ポンポン砲2基(後に24門
まで増設)、21inch魚雷4連装発射管2基(後に撤去)、水偵1〜2機搭載
最大速力:31.5kt
航続距離:12ktで12,500浬
乗員定数:約1,000名

同型艦名(2隻)
ノーフォーク[Norfolk]ドーセットシャー[Dorsetshire]

ノーフォーク型重巡洋艦について
 「ケント」型「ロンドン」型に続 いて建造された重巡洋艦。基本的に「ケント」型の小改良型である ため、資料によっては「ケント」型以降当クラスまでを「カウンティ」型(County Class:カウンティは 英国の行政区(州)という意味の単語で、当クラスの艦名が州名であることから命名されている)として 一括りにしている物もある(「カウンティ」型で分類した場合「ケント」型をA型、「ロンドン」型をB 型、当クラスをC型と小分類する)。
 船体の設計は「ロンドン」型と同様であるが、副砲である4インチ砲の配置や艦橋の高さなどが改められ ている点が識別点となる。
 「ノーフォーク」は大戦全期を通じて本国艦隊に所属しており、船団護衛や哨戒活動に従事したが、 「ドーセットシャー」は対日戦開戦後に日本海軍機動部隊と交戦し戦没した。
 なお、資料によっては当クラスを「ドーセットシャー」型と記述しているものもあるが、当サイトでは 海外サイトの多くが採用している「ノーフォーク」型の記述としたので、ご留意頂きたい。また米海軍に も同名の重巡洋艦「ノーフォーク」 (「バルティモア」型重巡 の姉妹艦)が有るので混同に注意が必要である。

ノーフォーク型重巡洋艦の歴史
ノーフォーク[Norfolk]
1927年 7月 8日フェアフィールド社にて起工
1928年12月12日進水
1930年 4月30日竣工
 本国艦隊に所属
1932年〜西インド諸島やアメリカ西海岸へ派遣される
1935年〜東インド方面へ派遣される
1939年 9月〜第18巡洋艦戦隊に所属し、第二次大戦に参加
1940年 3月15日スカパフロー泊地にて独軍機の爆撃を受け損傷
 損傷個所の修理を実施。戦線復帰は同年6月
     12月〜南大西洋方面にて哨戒活動・船団護衛に従事
1941年 5月アイスランド水域へ帰還
      5月23日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
      7月〜修理を実施。完了は同年9月。復帰後は北海で船団護衛に従事
1943年12月26日北岬沖海戦に参加。独戦艦「シャルンホルスト」の砲撃を受け中破
1944年初頭〜修理を実施。戦線復帰は同年11月
1945年〜ノルウェー沖にて哨戒活動に従事
1949年除籍。翌年スクラップとして売却される
ドーセットシャー[Dorsetshire]
1927年 9月21日ポーツマス工廠にて起工
1929年 1月29日進水
1930年 9月30日竣工
 本国艦隊に所属
1933年〜アフリカ沿岸へ派遣される
1936年〜水偵搭載設備の設置工事を実施
1937年〜第5巡洋艦戦隊に所属し、東南アジア方面へ派遣
1939年12月〜独装甲艦「グラフ・シュペー」追撃の支援を行う
1940年〜南大西洋にて哨戒活動に従事
1941年 5月26日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
     12月〜東洋艦隊に所属し、インド洋方面で作戦に従事
1942年 4月 5日〜セイロン島沖海戦に参加
      4月 8日日本海軍艦爆の爆撃を受け沈没


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