ケント型 重巡洋艦

"Kent" Class Heavy Cruisers ("County" Class "A" type)

英国海軍


HMS Cornwall
スペックデータ
排水量:(満)13,660t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×8基 燃料搭載量:重油3,425t
全長:(全)192.03m
全幅:20.88m 主機:Parsons式ギヤードタービン×4基、4軸推進
   (BerwickのみはBrown Curtis式ギヤードタービンを使用)
吃水:6.60m
出力:80,000hp
武装:
50口径8inch連装砲4基、45口径4inch単装砲4基(後に連装砲2基
を追加)、2pdr4連装ポンポン砲2基(後に4基まで増設)、21inch
4連装魚雷発射管2基(Kent以外は後に撤去された)、(大戦前に水偵
1〜3機搭載設備を増設)
最大速力:31.25t
航続距離:12ktで13,300浬
乗員定数:685名
(旗艦の場合は710名)

同型艦名(7隻)
ケント[Kent]バーウィック[Berwick]カンバーランド[Cumberland]
コーンウォール[Cornwall]サフォーク[Suffolk]オーストラリア[Australia]
キャンベラ[Canberra]  

ケント型重巡洋艦について
 ワシントン条約の締結により重巡洋艦は『基準排水量1万トン、主砲口径8インチ』という上限が課せられ るようになった。そこで列強各国海軍はこの条約制限の範囲内で重巡洋艦の新造を行うこととなり、英国海軍 が最初に建造した条約型重巡が当「ケント」型である。
 日米では重巡洋艦は戦艦を補助するための戦列艦として、可能な限りの重武装や航空装備(水偵の搭載)な どが施されていたが、英国の重巡洋艦は海上通商線の保護や哨戒・索敵といった任務が中心であったため、火 力や防御力よりも航続力や凌波性に重点を置いて設計されている(さすがに水偵を搭載していないと戦闘時に 不便だったのか大戦が始まる前に水偵を搭載するための設備工事が行われた)。なお姉妹艦7隻のうち2隻は オーストラリア海軍向けとして建造されている。
 第二次大戦では主に船団護衛や哨戒に従事したため、直接敵艦隊と相まみえることは少なかったが、それで も姉妹艦のうち2隻が戦没している(どちらも太平洋戦線での戦没であるため、この点からも大西洋戦線より も太平洋戦線の方が艦隊戦がすさまじかったことが判る)。

ケント型重巡洋艦の歴史
ケント[Kent]
1924年11月15日チャタム工廠にて起工
1926年 3月16日進水
1928年 6月25日竣工
1935年〜航空装備等の追加工事を実施。完了は38年
1939年〜本国艦隊に所属し第二次大戦に参加
1946年除籍。48年にスクラップとして売却される
バーウィック[Berwick]
1924年 9月15日フェアフィールド社にて起工
1926年 3月30日進水
1928年 2月15日竣工
1935年〜航空装備等の追加工事を実施。完了は38年
1939年〜本国艦隊に所属し第二次大戦に参加
1946年除籍。48年スクラップとして売却される
カンバーランド[Cumberland]
1924年10月18日ヴィッカース・アームストロング社バーロー造船所にて起工
1926年 3月16日進水
1928年 2月23日竣工
1935年〜航空装備等の追加工事を実施。完了は38年
1939年〜大西洋艦隊に所属し第二次大戦に参加
1940年 9月23日〜ダカール沖海戦に参加
1941年〜本国艦隊に所属し、通商保護などに従事
1944年〜東洋艦隊(太平洋艦隊)に所属し、米海軍と共同作戦を実施
1946年 6月〜一時除籍となり、練習巡洋艦への改修工事を実施。完了は51年
1951年再就役。訓練任務に従事
1959年 1月除籍。同年スクラップとして売却される
コーンウォール[Cornwall]
1924年10月 9日デヴォンポート工廠にて起工
1926年 3月11日進水
1928年 3月 8日竣工
1935年〜航空装備等の追加工事を実施。完了は38年
1939年〜本国艦隊に所属し第二次大戦に参加
1940年 9月23日〜ダカール沖海戦に参加
1941年〜東洋艦隊に所属し太平洋戦争に参加
1942年 4月 5日〜セイロン島沖海戦に参加
      4月 8日日本海軍艦爆の爆撃を受け沈没
サフォーク[Suffolk]
1924年 9月30日ポーツマス工廠にて起工
1926年 2月16日進水
1928年 5月31日竣工
1935年〜航空装備等の追加工事を実施。完了は38年
1939年〜本国艦隊に所属し第二次大戦に参加
1941年 5月23日〜デンマーク海峡にて独戦艦「ビスマルク」を発見。追撃戦に参加
1942年〜東洋艦隊に所属し太平洋戦争に参加
1946年除籍。48年スクラップとして売却される
オーストラリア[Australia]
1925年 8月26日ジョン・ブラウン社にて起工
1927年 3月17日進水
1928年 4月24日竣工
     10月オーストラリア海軍へ引き渡し
1938年 4月24日一時除籍となる
1939年 4月28日再就役。地中海方面へ派遣され英海軍と共同作戦に従事
1940年 9月23日〜ダカール沖海戦に参加
1941年〜太平洋戦争勃発のため太平洋へ帰還
1942年 5月 7日〜珊瑚海海戦に参加
      8月 8日〜第一次ソロモン海戦に参加
1954年 8月31日除籍。56年スクラップとして売却される
キャンベラ[Canberra]
1925年ジョン・ブラウン社にて起工
1927年 5月進水
1928年 7月10日竣工
 オーストラリア海軍へ引き渡し
1941年〜太平洋戦争に参加
1942年 8月 8日第一次ソロモン海戦に参加。日本海軍重巡「鳥海」の雷撃を受け大破、行動不能となる
      8月 9日米駆逐艦「エレット」[Ellet]の雷撃により自沈処分される


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