(河川)砲艦 スコーピオン

(River)Gunboat "Scorpion"

英国海軍 イギリス海軍


HMS Scorpion
砲艦「スコーピオン」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(常)700t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油136t
全長:(全)63.6m
全幅:10.6m 主機:Parsons式ギヤードタービン×1基、2軸推進
吃水:1.83m
出力:4,500hp
武装:
45口径4inch単装砲2基、3.7inch単装曲射砲(山砲)1基、
47口径3pdr(40mm)単装砲2基、7.7mm単装機銃8基
最大速力:17.0kt
航続距離:不明
乗員定数:94名

同型艦名(1隻)
スコーピオン[Scorpion]

(河川)砲艦スコーピオンについて

 イギリス海軍が第二次大戦前に建造した大型河川砲艦。長江河口付近での行動を前提に設計されているが、河口周辺だけでなく大陸沿岸の海岸線での行動も可能なよう、一応の航行能力が与えられ若干吃水が深くなった。主砲は駆逐艦などと同等の4インチ単装砲が2基搭載されているが、曲射(山なりの弾道による間接射撃)用に山砲(陸軍部隊が山岳地帯で使用するため小型軽量に作られた短砲身曲射砲)も搭載した。

 竣工後、長江小艦隊の旗艦として中国大陸へ派遣されたが、長江河口部は中国軍閥などにより機雷や沈没船で閉塞されていたため、英国などの租界がある漢口(ハンコウ。現中国湖北省武漢市の一部)まで遡上することはできず、1940年末にはシンガポールへ移動し、対日戦が勃発するとインドネシア周辺の警備任務に従事している。
 1942年2月14日にバンカ海峡北方で日本軍機の攻撃を受け大破、数日間漂流の後に日本軍の戦隊によりとどめを刺され沈没している(同日日本軍の輸送船団を襲った当艦を、船団救難に駆けつけた戦隊が撃沈したとの説もある)。


砲艦ロビンの歴史
スコーピオン[Scorpion]
1937年?J・S・ホワイト社[J. Samuel White]にて起工
      12月20日進水
1938年11月竣工。東洋艦隊中国ステーションへ派遣。長江小艦隊旗艦となる
1939年第二次大戦勃発。1940年末からシンガポールへ移動
1941年12月〜対日戦勃発後はシンガポール沖などの警備任務に従事
1942年 1月ジョホールからの英陸軍部隊撤退を支援
       2月〜シンガポールからの英軍撤退を支援
       2月 9日バンカ島(インドネシア)近海にて日軍機の攻撃を受け大破
       2月14日バンカ海峡北方にて日軽巡「由良」および日駆「朝霧」「吹雪」の攻撃により沈没
(日本軍輸送船団を襲撃し、救援の「由良」他により撃沈との説あり)


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