ペトレル型 (河川)砲艦

"Peterel" Class (River)Gunboats

英国海軍 他 イギリス海軍 国民政府軍 中国共産軍


HMS Peterel
砲艦「ペトレル」(1937年)
スペックデータ
排水量:(常)310t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油78t
全長:(全)53.95m
全幅:8.84m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:1.30m
出力:2,250hp
武装:
45口径7.62cm単装砲2基、7.7mm単装機銃8基
最大速力:16.0kt
航続距離:不明
乗員定数:55名

同型艦名(2隻)
ペトレル[Peterel]ガネット[Gannet]

ペトレル型(河川)砲艦について

 イギリス海軍が第一次大戦終結後に建造した河川用砲艦。同時期に建造が行われた「ターン」型砲艦と似たシルエットを持っているが、「ターン」型よりも大型かつ強馬力だった。基本設計は第一次大戦時に量産された「フライ」型砲艦(1920年代に退役)の拡大改良型であった。
 他の河川用砲艦と同様に浅吃水の船底と低い乾舷を持ち、揚子江(長江)上流にまで遡上しての警備を主任務として計画されている。

 2隻が建造された当クラスは、竣工後に東洋艦隊中国ステーションに配備され、英国の権益や居留民の保護に従事している。1930年代には長江で座礁したフランス海軍の砲艦を救助するなどの活躍もした。第二次大戦が始まると外洋航行が可能な大型砲艦の一部は地中海などに転戦しているが、当クラスは英国のプレゼンス[presence](進駐を行うことで軍事的・経済的に影響力を持つこと)を見せつけるため中国大陸へ残っている。
 対日戦勃発時、「ペトレル」は上海に停泊していたが上海に侵攻した日本軍の降伏勧告を拒否し、日巡洋艦「出雲」の砲撃により沈没した。
 「ガネット」は香港にあったため日本軍に拿捕されることはなかったが、航空機の攻撃により損傷したため重慶まで遡上して修理を行った。修理の最中に「ガネット」は中国国民政府軍へ譲渡され、「英山」[イン・シャン(Ying Shan)]と改名した。戦後、「英山」は乗員ごと中国共産党軍へ亡命し共産党軍(後の人民軍海軍)へ編入され1975年頃まで使用されていた。


ペトレル型(河川)砲艦の歴史
ペトレル[Peterel]
1927年?ヤーロー社[Yarrow]にて起工
1927年11月10日進水
1928年竣工。分解の後に香港へ舶送、再組立の後に就役
1930年長江で座礁した仏砲艦「ドゥタール・ド・ラグレ」[Doudart de Lagrée]の救助を行う
1939年第二次大戦勃発。1941年初頭から大陸でのプレゼンスのため上海へ常駐する
1941年12月 8日対日戦勃発。日本軍の降伏勧告を拒否し、日巡洋艦の砲撃により沈没
ガネット[Gannet]
1927年?ヤーロー社にて起工
1927年11月10日進水
1928年 1月竣工。分解の後に香港へ舶送、再組立の後に就役
1930年代長江小艦隊に所属し、警備任務などに従事
1941年12月対日戦勃発。香港にて日軍機の攻撃を受け損傷
修理のため長江を遡上し、重慶へ移動する
1942年 2月英国から中国(国民政府)へ譲渡。艇名を「英山」と改名し編入
1949年11月30日中国共産党軍へ亡命。艇名を「怒江」(ヌー・チャン)[Nu Jiang]と改名し編入
1975年頃人民軍海軍除籍。廃船


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