ドラゴンフライ型 (河川)砲艦

"Dragonfly" Class (River)Gunboats

英国海軍 イギリス海軍


HMS Dragonfly
砲艦「ドラゴンフライ」(1940年/左奥は米砲艦「ルソン」と思われる))
スペックデータ
排水量:(常)625t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油90t
全長:(全)59.9m
全幅:10.3m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:1.88m
出力:3,800hp
武装:
45口径4inch単装砲2基、3.7inch単装曲射砲(山砲)1基(Locust、Mosquitoは
2pdr4連装ポンポン砲1基)、7.7mm単装機銃8基
最大速力:17.0kt
航続距離:不明
乗員定数:74名

同型艦名(4隻+キャンセル1隻)
ドラゴンフライ[Dragonfly]グラスホッパー[Grasshopper]ローカスト[Locust]
モスキート[Mosquito]ビー[Bee] 

ドラゴンフライ型(河川)砲艦について

 第二次大戦前に建造された大型河川砲艦「スコーピオン」の小改良型として建造された砲艦。「スコーピオン」に比べ艦橋部分が縮小されたため、排水量が若干減少した。兵装や能力は「スコーピオン」とほぼ同様だったが、ヨーロッパへ配備された艇は間接射撃能力よりも対空能力を重視して、曲射砲ではなく2ポンドポンポン砲が搭載されている。

 当クラスは全部で5隻計画されたうち1隻は発注キャンセルとなった。第二次大戦開戦の前後に竣工した当クラスは2隻が東洋艦隊中国ステーション、2隻がヨーロッパで配備されている。ヨーロッパ方面で行動した艦は1隻が緒戦で戦没したが、もう1隻は生き残り戦後も練習艦として使用された。中国配備の2隻は対日戦勃発後にシンガポールで戦没している。


ドラゴンフライ型(河川)砲艦の歴史
ドラゴンフライ[Dragonfly]
1937年12月29日ソーニクロフト社[Thornycroft]にて起工
1938年12月 8日進水
1939年 6月 5日竣工
       9月〜中国ステーションへ配属され、権益保護任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発後、シンガポールへ移動。マラヤ防衛に従事
1942年 1月ジョホールからの英陸軍部隊撤退を支援
       2月〜シンガポールからの英軍撤退を支援
       2月14日ルスクブアジャ島[Rusukbuaja Island](インドネシア・シンケブ島西方)近海にて日軍機の攻撃を受け大破。船体放棄後に沈没
グラスホッパー[Grasshopper]
1937年12月29日ソーニクロフト社にて起工
1939年 1月19日進水
       6月13日竣工
       9月〜中国ステーションへ配属され、権益保護任務に従事
1941年12月〜対日戦勃発後、シンガポールへ移動。マラヤ防衛に従事
1942年 1月ジョホールからの英陸軍部隊撤退を支援
       2月〜シンガポールからの英軍撤退を支援
       2月14日ルスクブアジャ島近海にて日軍機の攻撃を受け沈没
ローカスト[Locust]
1938年11月29日ヤーロー社[Yarrow]にて起工
1939年 9月28日進水
1940年 5月17日竣工
1942年 3月サン・ナゼール強襲(チャリオット作戦)に参加
       8月ディエップ上陸(ジュビリー作戦)を支援
1944年 6月ノルマンディ上陸(オーバーロード作戦)に参加
1946年 5月退役。予備役艦となる
1951年海軍志願予備員(RNVR)の練習艦として再就役
1968年退役。同年スクラップとして売却
モスキート[Mosquito]
1938年12月 5日ヤーロー社にて起工
1939年11月14日進水
1940年 4月19日竣工
       6月 1日ダンケルク撤退を支援中、ダンケルク沖にて独軍機の攻撃を受け沈没
ビー[Bee]
1939年J・S・ホワイト社[J. Samuel White]に発注
1940年 3月発注キャンセル


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