エレバス型 モニター艦

"Erebus" Class Monitors

英国海軍 イギリス海軍


HMS Erebus
HMS「エレバス」(1944年:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(建造当初:( )内は共通、【 】内はErebus、[ ]内はTerrorのデータ)
排水量:(常)8,000t ボイラー:Babcock & Wilcox罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油784t
全長:(全)123.4m
全幅:26.9m 主機:直立型往復動蒸気機関(4気筒3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.6m
出力:6,000hp
武装:
42口径15inch連装砲1基、40口径6inch単装砲2基(1918年撤去)、50口径12pdr単装砲
2基、45口径3inch単装高角砲1基(1918年2基)、7.7mm単装機銃4基、(1918年44口径
4inch単装砲8基、40mm単装ポンポン砲2基追加)(1940年主砲以外撤去、45口径4inch
単装砲6基、12.7mm4連装機銃2基〜4基)[1941年20mm対空機関砲7基追加]
【1943年40mm4連装ポンポン砲3基、同単装砲1基、20mm機関砲7基追加】
最大速力:12.0kt
航続距離:12ktで2,480浬
乗員定数:204名

同型艦名(2隻)
エレバス [Erebus]テラー [Terror]

エレバス型モニター艦について

 イギリス海軍は1915年に「マーシャル・ネイ」型2隻のモニター艦を建造開始した。これで建造中の艦を含めて17隻(うち戦艦主砲なみの大口径砲を搭載する艦は14隻)となる予定であったが、これらのモニター艦はイギリス海峡など本国周辺の防備を想定した速度の遅いもので、外地へ派遣しての交戦には不向きであったため、敵国沿岸(想定では地中海と黒海を繋ぐダーダネルス海峡など)へ進出して対地砲撃を行うための、38センチ(15インチ)砲を搭載するモニター艦4隻の建造が同年5月に計画された。だが他の戦艦などの建造が優先され、対地砲撃用モニター艦4隻は翌6月にキャンセルされてしまった。
 しかし、8月になって「ネイ」の公試での悪評(実質発揮できる最高速度が6ノット)があり、これまでに就役させたモニター艦での教訓も反映して再度設計が見直され、5月の計画時に資材調達を始めていたハーランド&ウルフ社にて2隻の建造が行われることになったのが当クラスである。計画上の最高速度は10ノット以上とされており、公試時には14ノット(通常の最高速度は12ノット)を発揮したが、その速度を得るため機関は重油ボイラーにレシプロ機関と通常の艦艇と同様となり、コンパクト化がかなわず吃水を浅くできなかった。

 1916年に相次いで竣工した当クラス2隻は、第一次大戦ではドイツ占領下のベルギーにて敵拠点となった海岸陣地や沿岸部都市を砲撃する任務に従事したが、「エレバス」は独海軍の遠隔操作特攻艇([Fernlenkboot]爆薬700キログラムを搭載した無線操縦モーターボート)の攻撃により、また「テラー」も独魚雷艇の雷撃により損傷を負っている。第一次大戦後は練習艦などに使用されており、第二次大戦前に第一線へ復帰し対地砲撃などの支援任務に従事したが、「テラー」は1941年に戦没した。「エレバス」は終戦まで生き残ったが、1946年に解体処分となった。なお、「エレバス」の15インチ砲はイギリス海軍最後の戦艦「ヴァンガード」の主砲に転用されたとの説がある。

エレバス型モニター艦の歴史
エレバス [Erebus]
1915年10月12日ハーランド&ウルフ社[Harland & Wolff]にて起工
1916年 6月19日進水
       9月 2日竣工
1916年後半〜ベルギー沿岸での対地砲撃任務に従事
1917年10月28日独海軍の遠隔操作特攻艇「FL12」の攻撃を受け損傷を負う
1918年 4月ゼーブルッヘ(ベルギー)への対地砲撃を実施
1919年ロシア内戦への連合国介入に際し、白海やバルト海にて対地砲撃任務に従事
1921年〜戦利艦の独戦艦「バーデン」[SMS Baden]に対しての砲撃試験に参加
1920年代〜砲術練習艦として使用される
1938年〜欧州情勢の悪化から第一線へ復帰。サウサンプトンにて修理を実施(完了は翌年10月)
1939年10月〜本国艦隊へ配属。哨戒任務やダンケルクへの砲撃支援などに従事
1940年12月〜対空兵装強化のための換装工事を実施(完了は翌年6月)
1941年 8月〜本国艦隊へ復帰
1942年 3月〜東洋艦隊へ転属。トリンコマリーへ転戦
       4月 9日トリンコマリーを攻撃した日艦載機と交戦する(セイロン島沖海戦)
       8月〜マダガスカルへの上陸作戦を支援(Streamline Jane作戦)
      11月〜本国艦隊へ転属
1943年 5月〜地中海艦隊へ転属。シチリア島上陸の支援やイタリア本土砲撃を実施
      11月〜本国へ戻り修理や対空兵装の強化を実施(完了は翌年1月)
1944年 6月〜ノルマンディ上陸を支援。その後も南仏沿岸にて対地砲撃に従事
      12月〜本国海域へ戻り哨戒任務に従事
1945年 8月第二次大戦終結。予備役艦となる
1946年 7月スクラップとして売却。後に解体処分
テラー [Terror]
1915年10月26日ハーランド&ウルフ社にて起工
1916年 5月18日進水
       8月 6日竣工
1916年後半〜ベルギー沿岸での対地砲撃任務に従事
1917年10月19日ダンケルク沖にて独魚雷艇の雷撃を受け損傷を負う
1918年 4月ゼーブルッヘ(ベルギー)への対地砲撃を実施
1921年〜戦利艦の独戦艦「バーデン」に対しての砲撃試験に参加
1920年代〜砲術練習艦として使用される
1939年 9月第二次大戦開戦時には、基地船[Base ship]としてシンガポールに在泊
開戦にともない、修理や兵装の換装などが行われる(完了は翌年1月)
1940年 1月〜地中海艦隊へ転属。マルタ島へ転戦
       6月11日マルタ島にて敵機の爆撃を受けるが損傷無し
       7月〜アレクサンドリア沖に展開し対地砲撃に従事
以降もマルタ島とアレクサンドリア沖にて任務に従事
1941年 2月〜陸上軍支援のためエジプト及びリビア沖へ展開
       2月22日ベンガジ沖にて触雷、損傷を負う
       2月23日待避中、独軍機の攻撃を受け大破
翌24日、味方艦により曳航中トブルク東方にて沈没


検索画面に戻るときはブラウザの「戻る」等の機能を使用してください。 LAST UPDATE 2016,05,05