”W”型 駆逐艦

"W" Class Destroyers

英国海軍 他 イギリス海軍 ユーゴスラビア海軍 南アフリカ海軍


HMS Whirlwind
スペックデータ
排水量:(基)1,710t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油615t
全長:(全)110.53m
全幅:10.86m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.88m
出力:40,000hp
武装:
45口径12cm単装砲4基、2pdr4連装ポンポン砲1基(後に40mm
ボフォース機関砲へ換装)、70口径20mm連装機関砲4基、21inch
魚雷4連装発射管2基、爆雷70個(投射機4、投下軌条1)
最大速力:36.75kt
航続距離:20ktで4,680浬
乗員定数:180名

同型艦名(8隻:艦名水色太字が嚮導艦:竣工時の艦名)
ケンペンフェルト(2代)
[Kempenfelt(2)]
ウェイジャー[Wager]ウェイクフル(2代)
[Wakeful(2)]
ウェセックス(2代)
[Wessex(2)]
ウェルプ[Whelp]ホワールウィンド(2代)
[Whirlwind(2)]
ウィザード[Wizard]ラングラー[Wrangler] 

”W”型駆逐艦について
 1941年末の第8次戦時緊急計画で建造された急造駆逐艦。”S”型以降の急造駆逐艦の流れを汲んだ艦で、計画時には主砲を10.2センチ高角砲か仰角80度の11.4センチ両用砲する予定であったが、結局従来どおりのMkIX12センチ砲(仰角55度)を搭載して完成している。
 船体設計も”S”型からあまり変化はないが、ラティス・マストの採用やレーダーの搭載などが行われているため、”S”型の竣工時とは上部構造のシルエットが異なっている。
 第二次大戦では戦没艦を出さずに済んでいるが、戦後になって5隻の艦が海外へ売却されている。

”W”型駆逐艦の歴史
ケンペンフェルト(2代)[Kempenfelt(2)](嚮導艦)(R03)
1942年 6月24日ジョン・ブラウン社にて「ヴァレンタイン」の名で起工
1943年 5月 8日進水。艦名を「ケンペンフェルト」と改名
     10月25日竣工
1944年アンツィオ上陸やノルマンディ上陸を支援
1945年東洋艦隊へ転属。沖縄上陸やフィリピン再占領に従事
1946年 1月退役。予備役艦となる
1956年 1月 1日除籍。同年秋ユーゴスラビアへ売却、艦名を「コトー」[Kotor]と改名
1971年頃除籍。スクラップとして解体処分される
ウェイジャー[Wager] (R98)
1942年11月20日ジョン・ブラウン社にて起工
1943年11月 1日進水
1944年 4月14日竣工
      6月ノルマンディ上陸を支援
      9月〜東洋艦隊に転属。護衛任務などに従事
1945年 9月日本降伏調印に際し、随行艦として東京湾へ入港
1946年 1月退役。予備役艦となる
1956年除籍。同年秋ユーゴスラビアへ売却、艦名を「プーラ」[Pula]と改名
1971年除籍。翌年スクラップとして解体処分される
ウェイクフル(2代)[Wakeful(2)] (R59→F159)
1942年 6月 3日フェアフィールド造船にて「ゼブラ」の名で起工
1943年 6月30日進水。艦名を「ウェイクフル」と改名
1944年 2月17日竣工
      4月〜北海にて護衛任務等に従事
     10月〜東洋艦隊に転属。ニコバル、レイテ等の攻略を支援
1945年パレンバン攻略、日本本土攻撃を支援
1946年〜練習艦として使用される
1951年〜53年フリゲート(タイプ15)改修工事を実施。艦番をF159に変更
1956年10月エジプトのスエズ閉鎖により地中海へ派遣。エジプト沿岸部の攻撃を行う(スエズ出兵)
1970年退役
1971年 6月10日除籍。スクラップとして売却される
ウェセックス(2代)[Wessex(2)] (R78)
1942年10月20日フェアフィールド造船にて「ゼニス」の名で起工
1943年 9月 2日進水。艦名を「ウェセックス」と改名
1944年 5月11日竣工
 レイテ、スマトラ、沖縄攻略などを支援
1948年南アフリカへ派遣され任務に従事
1950年 3月29日除籍。南アフリカへ売却、艦名を「ヤン・ファン・リーベック」[Jan Van Riebeeck]と改名
1964年〜66年近代化改修を実施。艦種をフリゲートに変更
1978年退役
1980年除籍。同年3月ミサイルの実艦標的として使用され沈没
ウェルプ[Whelp] (R37)
1942年 5月 1日ホーソン・レスリー社にて起工
1943年 6月 3日進水
1944年 4月26日竣工。護衛任務等に従事
1945年 3月〜太平洋戦線にて護衛任務に従事
      9月日本降伏調印に際し、随行艦として東京湾へ入港
1946年退役。予備役艦となる
1952年除籍。南アフリカへ売却、
艦名を「サイモン・ファン・デァ・ステル」[Simon Van Der Stel]と改名
1962年〜64年近代化改修を実施。艦種をフリゲートに変更
1976年除籍。スクラップとして解体処分
ホワールウィンド[Whirlwind] (R87→F187)
1942年 7月31日ホーソン・レスリー社にて起工
1943年 8月30日進水
1944年 7月20日竣工
1953年フリゲート(タイプ15)改修工事を実施。艦番をF187に変更
1974年10月28日除籍。実艦標的として使用され沈没
ウィザード[Wizard] (R72→F72)
1942年 9月14日ヴィッカース・アームストロング社バーロー造船所にて起工
1943年 9月29日進水
1944年 3月30日竣工
      6月10日スカパフローにて爆雷暴発事故をおこし損傷を負う
1945年 9月日本降伏調印に際し、随行艦として東京湾へ入港
1952年〜53年フリゲート(タイプ15)改修工事を実施。艦番をF72に変更
1966年退役
1967年 2月16日除籍。スクラップとして売却される
ラングラー[Wrangler] (R48→F157)
1942年 9月23日ヴィッカース・アームストロング社バーロー造船所にて起工
1943年12月30日進水
1944年 7月17日竣工。東洋艦隊などでスマトラ攻略や日本本土攻撃を支援
1952年〜53年フリゲート(タイプ15)改修工事を実施。艦番をF157に変更
1956年11月29日除籍。南アフリカへ売却、艦名を「ヴリスタント」[Vrystant]と改名
1976年除籍。実艦標的として使用され沈没


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