”N”型 駆逐艦

"N" Class Destroyers

英国海軍 他 イギリス海軍 オーストラリア海軍 オランダ海軍 自由ポーランド海軍 インドネシア海軍


HMAS Norman
スペックデータ(【 】内はNapierの数値)
排水量:(基)1,690t
     【(基)1,695t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油484t
全長:(全)108.64m
全幅:10.86m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.74m(平均値)
出力:40,000hp
武装:
45口径12cm連装砲3基、10.2cm単装高角砲1基、2pdr4連装
ポンポン砲1基、20mmエリコン単装機関砲4基、12.7mm連装
機銃2基、21inch魚雷5連装発射管1基、爆雷45個搭載(投射機2、
投下軌条1)
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで4,780浬
乗員定数:183名【218名】

同型艦名(8隻:艦名水色太字が嚮導艦:各艦名は当初計画時のもの)
ネピア[Napier]ネリッサ[Nerissa]ネスター[Nestor]
ニザム[Nizam]ノーブル(初代)[Noble(1)]ノンパレル[Nonpareil]
ノーマン[Norman]ノースマン[Norseman] 

”N”型駆逐艦について
 1939年度計画で建造された駆逐艦。36年度計画の ”J”型や37年度計画の”K”型の設計を踏襲しているが、構造は戦時急造に向くよう簡略化されており、搭載兵装も建造当初から雷装を減じて替わりに対空兵装が強化されたものになっている。
 嚮導艦を含む8隻が建造されたが英海軍で最後まで軍務に就かず、オランダやポーランドに譲渡されたりオーストラリア海軍へ編入されたりしている。なお大戦で戦没したのは「ネスター」1隻のみにとどまっている(ちなみに「ネスター」はオーストラリア海軍所属艦のうち、唯一オーストラリア領海へ入ったことの無い艦であったと言われている)。

”N”型駆逐艦の歴史
ネピア[Napier](嚮導艦)(G97→D13)
1939年 7月26日フェアフィールド造船にて起工
1940年 5月22日進水
     11月28日オーストラリア海軍へ貸与される(艦名はそのまま)
     12月11日竣工
1941年 5月クレタ島撤退作戦に参加
      9月〜トブルクへの補給物資輸送任務に従事
1942年〜インド洋へ転戦。船団護衛やセイロン島沖海戦、マダガスカル攻略戦などに参加
1944年12月チッタゴン攻撃を支援
1945年 1月〜ビルマ、アキャブ等への攻略戦を支援
45年初頭に艦番をD13へ変更
      3月〜沖縄攻略戦を支援
      9月占領任務のため東京湾へ入港する
     10月25日英国へ返還され、以降対潜作戦の練習艦として使用される
1955年除籍。翌年スクラップとして解体処分される
ネリッサ[Nerissa] (G65)
1939年 7月26日ジョン・ブラウン社にて起工
1940年 5月 7日進水
     10月ポーランド(自由ポーランド軍)に貸与。艦名を「ピオラン」[Piorun]と改名
     11月 4日竣工
1941年 5月23日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
 地中海にて護衛任務等に従事
1945年11月〜「デッドライト」作戦(鹵獲潜水艦自沈処分作業)に参加
1946年10月26日英国へ返還され、艦名を「ノーブル(2代)」[Noble(2)]と改名
1955年12月 1日除籍。後にスクラップとして解体処分される
ネスター[Nestor] (G02)
1939年 7月26日フェアフィールド造船にて起工
1940年 7月 9日進水
1941年 2月 3日オーストラリア海軍へ貸与される(艦名はそのまま)
1941年 2月12日竣工
      5月23日〜独戦艦「ビスマルク」追撃戦に参加
     12月15日哨戒任務中に独潜水艦「U−127」を撃沈する
1942年〜インド洋へ転戦。船団護衛に従事
      6月地中海へ戻り、マルタ島への船団護衛などに従事
      6月15日船団護衛中にクレタ島沖にて枢軸軍機の爆撃を受け航行不能となる
翌日、味方駆逐艦「ジャヴェリン」の攻撃により自沈処分
ニザム[Nizam] (G38→D15)
1939年 7月27日ジョン・ブラウン社にて起工
1940年 7月 4日進水
     12月19日竣工。オーストラリア海軍へ貸与される(艦名はそのまま)
1941年 5月クレタ島撤退作戦を支援
1942年〜インド洋へ転戦。船団護衛やマダガスカル攻略戦などに参加
1945年初頭艦番をD15へ変更。太平洋艦隊へ転属
      9月占領任務のため和歌山へ入港。捕虜輸送などに従事
     10月17日退役。英国へ返還されるが、予備役艦となる
1955年11月16日除籍。翌年スクラップとして解体処分される
ノーブル(初代)[Noble(1)] (G84)
1939年 7月10日ウィリアム・デニー&ブラザーズ社にて起工
1941年 4月17日進水
1942年 2月11日オランダ海軍へ譲渡。艦名を「ファン・ハレン」[Van Galen]と改名
1942年 2月20日竣工。大戦中は哨戒任務などに従事
1956年10月オランダ海軍除籍
1957年 2月 8日スクラップとして解体処分される
ノンパレル[Nonpareil] (G16)
1940年 5月22日ウィリアム・デニー&ブラザーズ社にて起工
1941年 5月26日進水
1942年 2月11日オランダ海軍へ譲渡。艦名を「ティエルク・ヒッデス」[Tjerk Hiddes]と改名
     10月30日竣工。大戦中は哨戒任務などに従事
1945年〜終戦後は蘭領東インドへ展開
1951年 3月インドネシア独立によりインドネシア海軍へ譲渡
艦名を「ガッジャー・マーダ」[Gadjah Mada]と改名し、海軍旗艦となる
1961年インドネシア海軍除籍。後にスクラップとして解体処分される
ノーマン[Norman] (G49)
1939年 7月27日ソーニクロフト社にて起工
1940年10月30日進水
1941年 9月15日竣工。オーストラリア海軍へ貸与される(艦名はそのまま)
1942年〜インド洋へ転戦。船団護衛やセイロン島沖海戦などに参加
      6月地中海へ戻り、マルタ島への船団護衛などに従事
      9月再度インド洋へ転戦。船団護衛やマダガスカル攻略を支援
1944年10月〜フィリピン攻略戦を支援
1945年〜ビルマ、先島諸島攻略などを支援
     10月英国へ返還されるが、予備役艦となる
1955年除籍。58年スクラップとして解体処分される
ノースマン[Norseman](ネパール[Nepal])(G25→D14)
1939年 9月 9日ソーニクロフト社にて起工
1941年12月 4日進水
     12月末独軍機の爆撃により船台上で損傷。修復の際に艦名を「ネパール」[Nepal]と改名
1942年 5月11日オーストラリア海軍へ貸与される(艦名はそのまま)
      5月29日竣工
      9月〜マダガスカル上陸戦を支援
1943年〜船団護衛任務などに従事
1944年 5月スラバヤ攻撃を支援
     12月チッタゴン攻撃を支援
1945年45年初頭、艦番をD14へ変更。3月以降は沖縄攻略戦を支援
      9月占領任務のため東京湾へ入港する
1945年10月22日英国へ返還されるが、予備役艦となる
1955年除籍。翌年スクラップとして解体処分される


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