”M”型 駆逐艦

"M" Class Destroyers

英国海軍 他 イギリス海軍 トルコ海軍 自由ポーランド海軍


HMS Milne

HMS Matchless
スペックデータ(【 】内はMilneの数値)
排水量:(基)1,920t
     【(基)1,935t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油567t
全長:(全)110.46m
全幅:11.16m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.05m
出力:48,000hp
武装:
50口径12cm連装両用砲3基、10.2cm単装高角砲1基、2pdr4連装ポンポン
砲1基、20mm連装機関砲2基、、21inch魚雷4連装発射管1基、爆雷42個搭
載(投射機2、投下軌条1)
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで4,780浬
乗員定数:221名【226名】

同型艦名(8隻:艦名水色太字が嚮導艦
ミルン[Milne]マラータ[Mahratta]マーン[Marne]
マーティン[Martin]マッチレス[Matchless]ミーティア[Meteor]
マスケティア[Musketeer]マーミダン(初代)[Myrmidon] 

”M”型駆逐艦について
 1939年度計画で建造された駆逐艦(英海軍は1938年度に駆逐艦の建造を計画していない)。基本的に”L”型駆逐艦と同じ設計であるが、細かい部分で改良が加えられており、主砲も全艦が12センチ連装両用砲を搭載したほか、最初から魚雷発射管を1基とし、替わりに単装高角砲が装備されている。
 連合軍側に戦況が傾いてきた大戦中期になってから竣工したため、大戦初期に戦線へ投入されたこれまでの各クラスよりは戦没艦が少ないものの、それでも3隻(うち1隻はポーランド軍へ譲渡されたもの)が戦没した。生き残った5隻のうち4隻は戦後トルコに売却され1970年代初頭頃まで現役として使用されている。
 なお「マラータ」は当初「マークスマン」の名で建造される予定であったが、建造に着手する直前に造船所が爆撃を受け、準備していた機関類などを焼失してしまったため、不運を払うために艦名を改め建造され直したものである。しかし厄払いのため艦名を替えたにも関わらず、当艦は竣工から1年もしないうちに戦没してしまっている。

”M”型駆逐艦の歴史
ミルン[Milne](嚮導艦)(G14)
1940年 1月24日スコッツ社にて起工
1941年12月30日進水
1942年 8月 6日竣工。地中海や北極海にて護衛任務等に従事
1943年12月26日北岬沖海戦に参加
1944年 5月31日バレンツ海にて独潜水艦「U−289」を撃沈
1946年退役。予備役船となる
1957年 8月16日除籍。トルコへ売却される
1959年 6月29日トルコ海軍へ引き渡し。艦名を「アルプ・アルスラン」[Alp Arslam]と改名
1970年頃除籍。後にスクラップとして解体処分される
マラータ[Mahratta](マークスマン[Marksman])(G23)
1941年 5月スコッツ社にて「マークスマン」の名で起工準備中、独軍機の爆撃を受け部材を喪失
      8月16日艦名を「マラータ」と改め、スコッツ社にて起工
1942年 7月28日進水
1943年 4月 8日竣工。北海などで護衛任務等に従事
1944年 2月25日船団護衛中、ノルウェー沖にて独潜水艦「U−990」の雷撃を受け沈没
(雷撃したのは「U−956」であるとの説もある)
マーン[Marne] (G35)
1939年10月23日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて起工
1940年10月30日進水
1941年12月 2日竣工。大西洋などで護衛任務に従事
1942年11月12日カサブランカ近海にて独潜「U−515」の雷撃を受け損傷
1946年退役。予備役船となる
1957年 8月16日除籍。トルコへ売却される
1959年トルコ海軍へ引き渡し
艦名を「マレサル・フェブジ・カクマク」[Mareşal Fevzi Çakmak]と改名
(艦名は後に「フェブジ・カクマク」と変更された)
1970年頃除籍。後にスクラップとして解体処分される
マーティン[Martin] (G44)
1939年10月23日ヴィッカース・アームストロング社タイン造船所にて起工
1940年10月30日進水
1941年12月 2日竣工。護衛任務等に従事
1942年11月10日北アフリカ上陸作戦を支援中、アルジェリア沖にて独潜水艦「U−431」
雷撃を受け沈没
マッチレス[Matchless] (G52)
1940年 9月14日アレクザンダー・ステフェン社にて起工
1941年 9月 4日進水
1942年 2月26日竣工。北海などで護衛任務等に従事
1943年12月26日北岬沖海戦に参加
1946年退役。予備役船となる
1957年 8月16日除籍。トルコへ売却される
1958年トルコ海軍へ引き渡し。艦名を「キリク・アリ・パシャ」[Kiliç Ali Paşa]と改名
1971年頃除籍。後にスクラップとして解体処分される
ミーティア[Meteor] (G74)
1940年 9月14日アレクザンダー・ステフェン社にて起工
1941年11月 3日進水
1942年 8月12日竣工
1943年12月26日北岬沖海戦に参加
1944年 1月30日バレンツ海ビエルン島南東沖にて独潜「U−314」を撃沈
1945年 3月18日ジェノア湾にて独水雷艇「TA24」「TA29」(旧伊水雷艇「アルトゥーロ」「エリダーノ」)を
撃沈(他艦と共同)
1946年退役。予備役船となる
1957年 8月16日除籍。トルコへ売却される
1959年トルコ海軍へ引き渡し。艦名を「ピヤレ・パシャ」[Piyale Pasha]と改名
1970年頃除籍。後にスクラップとして解体処分される
マスケティア[Musketeer] (G86)
1939年12月 7日フェアフィールド造船にて起工
1941年12月 2日進水
1942年 9月18日竣工。北海や北大西洋にて護衛任務等に従事
1943年12月26日北岬沖海戦に参加
1944年 2月25日ポーランド駆「ブリスカヴィカ」[Blyskawica]と衝突事故、損傷を負う(修理完了は3月末)
1946年?退役。予備役船となる
1955年12月 6日除籍。スクラップとして売却される
マーミダン(初代)[Myrmidon] (G90)
1939年12月 7日フェアフィールド造船にて起工
1942年 3月 2日進水
     11月18日ポーランド(自由ポーランド)軍へ譲渡。艦名を「オルカン」[Orkan]と改名
     12月 5日竣工。英海軍指揮下で北大西洋にて護衛任務に従事
1943年10月 8日船団護衛中、アイスランド沖にて
独潜水艦「U−610」(もしくは「U−378」)の雷撃を受け沈没


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