”K”型 駆逐艦

"K" Class Destroyers

英国海軍 イギリス海軍


HMS Kelly

HMS Kingston
スペックデータ(【 】内はKellyの数値)
排水量:(基)1,690t
     【(基)1,695t】
ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油484t
全長:(全)108.64m
全幅:10.86m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.74m(平均値)
出力:40,000hp
武装:
45口径12cm連装砲3基、2pdr4連装ポンポン砲1基、62口径
12.7mm4連装機銃2基、21inch魚雷5連装発射管2基、爆雷
20個搭載(投射機2、投下軌条1)
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで4,780浬
乗員定数:183名【218名】

同型艦名(8隻:艦名水色太字が嚮導艦
ケリー[Kelly]カンダハール[Kandahar]カシミール[Kashmir]
ケルヴィン[Kelvin]カーツーム[Khartoum]キンバリー[Kimberley]
キングストン[Kingston]キプリング[Kipling] 

”K”型駆逐艦について
 1937年度計画で建造された駆逐艦。前年度計画の ”J”型とほぼ(装備品に若干の差異がある)同型である。
 当クラスは第二次大戦勃発直後から就役を始めており(第二次大戦勃発により艤装工事が急がれたためと思われる)、一部艦は大戦中に”J”型同様対空兵装強化の改修を受けているが、8隻中6隻が戦没してしまっている。
 なお当クラスの嚮導艦である「ケリー」は、大戦末に東南アジア方面連合軍総司令長官などを務めたマウントバッテン卿が一時期乗艦としたことで有名であるが、第5駆逐艦隊の司令であったマウントバッテン卿が「ケリー」で指揮を執った期間は短かった(「ケリー」が駆逐艦隊の旗艦であった期間のほとんどが損傷修理のためドック入りしていたから)。

”K”型駆逐艦の歴史
ケリー[Kelly](嚮導艦)(F01)
1937年 8月26日ホーソン・レスリー社にて起工
1938年10月25日進水
1939年 8月23日竣工
     12月14日タイン川河口にて触雷したタンカーの救助中に触雷、損傷(翌年2月末修理完了)
1940年 3月 2日テムズ川河口にて英駆「グルカ」と衝突、損傷(4月末修理完了)
      5月10日北海にて独魚雷艇「S31」の雷撃を受け大破(12月修理完了)
1941年 5月23日クレタ島沖にて独軍機の爆撃を受け沈没
カンダハール[Kandahar] (F28)
1938年 1月 1日ウィリアム・デニー&ブラザーズ社にて起工
1939年 3月21日進水
     10月10日竣工
1940年 6月19日降伏拿捕した伊潜「ガリレオ・ガリレイ」をアデンへ曳航する
      6月23日紅海にて伊潜「エヴァンジェリスタ・トリチェリ(2代)」を撃沈(他艦と共同)
1941年12月17日第一次シルテ湾海戦に参加
     12月20日リビア沖にて触雷、大破。英駆「ジャガー」の雷撃により自沈処分
カシミール[Kashmir] (F12)
1937年10月 1日ソーニクロフト社にて「ジャヴェリン」の名で起工
1939年 4月 4日進水
 艦名を「カシミール」と改名
     10月26日竣工
     11月29日北海にて独潜「U−35」を撃沈(他艦と共同)
1941年 5月23日クレタ島沖にて独軍機の爆撃を受け沈没
ケルヴィン[Kelvin] (F37)
1937年10月 5日フェアフィールド造船にて起工
1939年 1月19日進水
     11月27日竣工
1940年 9月 1日フリジアン島沖にて、触雷大破した英駆「アイヴァンホー」を雷撃・自沈処分
     11月27日サルジニア沖で伊艦隊と交戦(スパルティヴェント岬沖海戦)
1942年 3月22日第二次シルテ湾海戦に参加
     12月 2日ケルケナ諸島近海にて伊水雷艇「ルーポ」を撃沈(他艦と共同)
1949年 6月 6日除籍。後にスクラップとして解体処分される
カーツーム[Khartoum] (F45)
1937年10月27日スワン・ハンター社にて起工
1939年 2月 6日進水
     11月 6日竣工
1940年 6月23日紅海にて伊潜「エヴァンジェリスタ・トリチェリ(2代)」の砲撃を受け大破
艦内火災による搭載魚雷の誘爆により沈没
キンバリー[Kimberley] (F50)
1938年 1月 1日ソーニクロフト社にて起工
1939年 6月 1日進水
     12月21日竣工
1940年 4月13日第二次ナルヴィク海戦に参加
     10月21日紅海にて伊駆「フランチェスコ・ヌロ」を撃沈(他艦と共同)
1942年 1月12日トブルク沖にて独潜「U−77」の雷撃を受け大破(44年3月修理完了)
1945年 5月 8日艦上にてシミ島(ギリシア)を占領していたドイツ軍部隊の降伏調印が行われる
1949年 3月30日除籍。後にスクラップとして解体処分される
キングストン[Kingston] (F64)
1937年10月 6日J・S・ホワイト社にて起工
1939年 1月 9日進水
      9月14日竣工
     11月29日北海にて独潜「U−35」を撃沈(他艦と共同)
1940年 6月23日紅海にて伊潜「エヴァンジェリスタ・トリチェリ(2代)」を撃沈(他艦と共同)
1941年12月17日第一次シルテ湾海戦に参加
1942年 3月22日第二次シルテ湾海戦に参加。伊戦艦「リットリオ」等の砲撃を受け大破
      4月11日修理のため入港していたマルタ島にて枢軸軍機の爆撃を受け沈没
1943年 4月浮揚作業完了。同年6月に閉塞船として自沈処分
キプリング[Kipling] (F91)
1937年10月20日ヤーロー社にて起工
1939年 1月19日進水
     12月12日竣工
1941年12月28日トブルク沖にて独潜「U−75」を撃沈
1942年 5月11日アレキサンドリアへの輸送船団護衛中、エジプト沖にて独軍機の爆撃を受け沈没


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