アドミラリティ”W”型駆逐艦の年表の続き

ウルフハウンド[Wolfhound] (D56 → I56)
1917年 4月フェアフィールド造船にて起工
1918年 3月14日進水
       4月27日竣工
1920年代?予備役艦となる
1938年11月再就役。高速護衛艦への改装工事を実施(完了は40年3月)
1940年 5月フランスやオランダからの撤退を支援
       5月29日ダンケルク沖にて独軍機の攻撃を受け大破
       7月〜チャタム工廠にて修理を実施(完了は42年)
1942年11月〜戦線へ復帰。北海などで船団護衛に従事
1945年 5月欧州戦線の戦闘終結後、退役
1948年 2月スクラップとして売却。同年解体処分
ウォーリック[Warwick] (D25 → I25)
1917年 3月10日ホーソン・レスリー社にて起工
      12月28日進水
1918年 3月18日竣工
1920年代?予備役艦となる
1939年 8月再就役。予備役艦隊に配属
       9月〜第二次大戦勃発。本国周辺や欧州南西部、大西洋などで船団護衛に従事
1940年12月20日リバプール沖にて触雷、損傷を負う
リバプールにて修理を実施(完了は翌年2月)
1941年 4月〜大西洋にて船団護衛に従事
1942年11月〜米海軍指揮下に入り、カリブ海や米西海岸にて哨戒任務に従事
1943年 2月〜本国へ帰還し、長距離護衛艦への改修工事を実施(完了は同年4月)
       6月〜大西洋や欧州南西部にて船団護衛に従事
1944年 2月20日コーンウォール半島西方沖にて独潜「U-413」の雷撃を受け沈没
ウェセックス[Wessex] (D43)
1917年 5月23日ホーソン・レスリー社にて起工
1918年 3月12日進水
       5月11日竣工
      11月12日ドイツ艦隊の降伏調印に立ち会う
1920年代?ポーツマスの魚雷学校附属艦となる
1939年 9月〜第二次大戦勃発。本国周辺などで船団護衛や哨戒任務に従事
1940年 4月ノア管区司令部へ転属。ベルギー・フランスの戦線へ支援を実施
       5月オランダからの撤退を支援
       5月24日カレー(仏)沖にて独軍機の攻撃を受け沈没
ホワールウィンド[Whirlwind] (D30 → I30)
1917年 5月スワン・ハンター&ウィガム・リチャードソン社にて起工
      12月15日進水
1918年 3月15日竣工
1920年代?予備役艦となる
1939年 8月再就役。予備役艦隊に配属
       9月〜第二次大戦勃発。本国周辺や欧州南西部などで船団護衛に従事
1940年 5月ノルウェーへの輸送船団護衛などに従事
       6月〜大西洋にて船団護衛や哨戒任務に従事
       7月 5日アイルランド南方沖にて独潜「U-34」の雷撃を受け大破
船体は英駆「ウェスコット」の砲撃により自沈処分される
レスラー[Wrestler] (D35 → L10)
1917年 7月スワン・ハンター&ウィガム・リチャードソン社にて起工
1918年 2月25日進水
       5月15日竣工
1920年代大西洋艦隊や地中海艦隊などに所属し任務に従事
1930年代初頭予備役艦となる
1938年再就役。ポーツマスの魚雷学校附属艦となる
1939年 8月ジブラルタルの第13駆逐隊に転属し、警備任務に従事
       9月〜第二次大戦勃発。ジブラルタルでの船団護衛などに従事
1940年 6月地中海艦隊H部隊へ転属
       7月 3日メルセルケビールの仏艦隊砲撃に参加(メルセルケビール海戦)
       8月〜ジブラルタルでの船団護衛や哨戒任務に復帰
      10月18日ジブラルタル東方にて伊潜「ドゥルボ」を攻撃・撃沈(他艦・航空機と共同)
1941年 8月〜フリータウン(シエラレオネ)へ転戦。大西洋での船団護衛に従事
1942年 4月〜ジブラルタルへ転戦。H部隊に配属となる
       5月 2日カルタヘナ(スペイン)南東沖にて独潜「U-74」を攻撃・撃沈(他艦・航空機と共同)
       6月〜マルタ島への強行輸送作戦に参加
      10月〜北アフリカ上陸(トーチ作戦)を支援
1943年 1月〜長距離護衛艦への改装工事を実施(完了は同年4月)
       6月〜シチリア上陸(ハスキー作戦)を支援
       8月〜大西洋やジブラルタルで船団護衛などに従事
1944年 2月〜本国艦隊へ転属。北海などで船団護衛に従事
       5月〜南仏上陸(ネプチューン作戦)支援のため事前演習に参加
       6月ネプチューン作戦に参加。戦艦部隊の護衛任務に従事
       6月 6日ル・アーブル北西沖にて触雷、大破
ポーツマスに曳航されるが全損判定となり修理されず
       8月解体処分となる
ウィンチェルシー[Winchelsea] (D46 → I46)
1917年 5月24日J・S・ホワイト社にて起工
      12月15日進水
1918年 3月15日竣工
1920年代大西洋艦隊や地中海艦隊などに所属し任務に従事
1938年ポーツマスの魚雷学校附属艦となる
1939年 9月〜第二次大戦勃発。本国周辺や欧州南西部などで船団護衛に従事
1940年 5月ダンケルク撤退(ダイナモ作戦)を支援
       7月〜大西洋にて船団護衛などに従事
1942年 1月〜長距離護衛艦への改装工事を実施(完了は同年3月)
       5月〜大西洋や欧州南西部にて船団護衛などに従事
1943年 8月〜ジブラルタルへ転戦。海峡周辺にて船団護衛などに従事
1944年 6月〜本国艦隊へ転属。北海にて哨戒任務などに従事
1945年初頭退役。同年3月20日スクラップとして売却。同年解体処分
ウィンチェスター[Winchester] (H95 → L55)
1917年 6月12日J・S・ホワイト社にて起工
1918年 2月 1日進水
       4月29日竣工
1919年ロシア内戦のため警備艦としてバルト海へ展開
1920年代?予備役艦となる
1939年再就役。高速護衛艦への改装工事を実施(完了は翌年3月)
1940年 5月オランダからの撤退を支援
       5月13日スヘルデ川河口沖にて独軍機の攻撃を受け損傷を負う
リバプールに自力で帰還し修理を実施(完了は同年8月)
      10月〜本国周辺や北海にて船団護衛や哨戒任務に従事
1944年 4月〜大西洋や北海にて船団護衛に従事
1945年 2月予備役艦となり、ロサイスにて宿泊船として使用される
1946年 3月 5日スクラップとして売却。後に解体処分
ウェストミンスター[Westminster] (D45 → L40)
1917年 4月スコッツ造船にて起工
1918年 2月24日進水
       4月18日竣工
1919年ロシア内戦のため警備艦としてバルト海へ展開
1920年代?予備役艦となる
1939年再就役。高速護衛艦への改装工事を実施(完了は同年12月)
1940年 2月〜本国周辺や北海にて船団護衛や哨戒任務に従事
       5月ダンケルク撤退を支援
       5月20日ダンケルク沿岸で沈没船と衝突し損傷
修理完了後は北海での船団護衛に復帰
1943年 1月〜本国周辺や北海にて船団護衛などに従事
1945年 6月予備役艦となる
1946年 3月 4日スクラップとして売却。翌年解体処分
ウィンザー[Windsor] (D42 → I42)
1917年 4月スコッツ社にて起工
1918年 6月21日進水
       8月28日竣工
1920年代大西洋艦隊などで任務に従事
1939年 9月第二次大戦勃発。欧州南西部などで船団護衛に従事
1940年 5月オランダからの撤退を支援
       5月13日オランダ政府要人の脱出作戦に従事
       5月26日ダンケルク撤退(ダイナモ作戦)に参加
同月28日、作戦中に独軍機の攻撃を受け損傷を負う
       7月〜北海にて船団護衛に従事
      12月 8日オールドバラ[Aldeburgh]沖にて触雷、損傷を負う(翌年4月修理完了)
1941年 8月〜北海にて船団護衛や哨戒任務に従事
1943年中盤兵装の部分撤去を実施
(本艦は長距離護衛艦への改装は行われず、短距離護衛艦と分類された)
1944年 5月〜南仏上陸(ネプチューン作戦)支援のため事前演習に参加
       6月ネプチューン作戦に参加。輸送部隊の護衛任務に従事
       7月〜北海にて船団護衛に従事
1945年 6月予備役艦となる
1947年 3月スクラップとして売却。後に解体処分
ライネック[Wryneck] (D21 → L04)
1917年 9月パーマーズ造船にて起工
1918年 5月13日進水
      11月11日竣工
1919年ロシア内戦のため警備艦としてバルト海へ展開
1920年代大西洋艦隊などで任務に従事
1930年代?予備役艦となる
1938年再就役。高速護衛艦への改装工事を実施(完了は翌年12月)
1940年 4月〜地中海にてマルタ〜北アフリカ間の船団護衛などに従事
1941年 1月〜ギリシアへの輸送部隊護衛や攻撃支援に従事
       4月26日クレタ島からの部隊救出に参加
       4月27日マレアス岬(ギリシア)東方沖にて独軍機の攻撃を受け沈没
ウォーターヘン[Waterhen] (D22 → I22)
1917年 7月 3日パーマーズ造船にて起工
1918年 3月26日進水
       4月17日竣工
1920年代大西洋艦隊などで任務に従事
1933年10月11日同年5月オーストラリア海軍へ譲渡。就役
1938年予備役艦となる
1939年 4月再就役
       9月〜第二次大戦勃発。英海軍中国ステーションへ配備される
      11月〜コロンボ(現スリランカ)へ転戦。紅海への航路哨戒に従事
      12月〜地中海マルタ島へ転戦。地中海にて哨戒任務に従事
1940年 6月〜アレクサンドリアへ転戦。北アフリカでの作戦支援に従事
1941年 1月30日サッルーム(エジプト)沖にて英掃海艇「バンデレーロ」[Bandeledo]と衝突、
損傷を負う(「バンデレーロ」は沈没)
       3月〜修理完了後、地中海での船団護衛に復帰
       4月ギリシアからの部隊救出に参加
       5月〜トブルク周辺の哨戒や対地攻撃支援などに従事
       6月29日トブルク沖にて独軍機の攻撃を受け大破
       6月30日アレキサンドリアへ向け英駆「ディフェンダー」により曳航中、
サッルーム北方にて転覆沈没


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