アドミラルティ”S”型 駆逐艦

Admiralty "S" Class Destroyers

英国海軍 イギリス海軍


HMS Tenedos

HMS Shikari
(上段)「テネドス」(1921年)/(下段)「シカリ」(1940年代)
スペックデータ(竣工時)
排水量:(常)1,075t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油301t
全長:(全)84.12m
全幅:8.12m 主機:Brown-Curtis式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.74m
出力:27,000hp
武装:
45口径4inch単装砲3基、40mm単装ポンポン砲1基、53cm魚雷連装
発射管2基、一部の艦は35.6cm魚雷もしくは45cm魚雷固定式発射管
2基(後に撤去した艦もある)、一部の艦は爆雷投射機2および投下軌条4
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで2,750浬
乗員定数:90名

同型艦名(55隻:第二次大戦に参加した11隻のみ掲載)
シミター[Scimitar]スカウト[Scout]セイバー[Sabre]
サラディン[Saladin]サードニクス[Sardonyx]シカリ[Shikari]
ストロングホールド[Stronghold]スターディ(初代)[Sturdy(1)]テネドス[Tenedos]
サニット[Thanet]スレイシアン[Thracian] 

アドミラルティ”S”型駆逐艦について
 第一次大戦中の1917年度計画で建造された駆逐艦。戦時中ということもあって、より多くの艦を低コストで揃えることを目標として、建造期間の短い「R」型駆逐艦(1915年度計画艦。第二次大戦中の同名クラスとは異なる)の設計を簡易化したものであった。そのため「R」型では対空射撃も可能な、1914年開発の4インチ両用砲(Mk.V)が搭載されていたものが、当クラスでは1911年型の単装砲(Mk.IV)へと退化している。また第一次大戦緒戦での戦訓から、艦中央部両舷に固定式の小型魚雷発射管を装備している。第一次大戦中に55隻(ソーニクロフト社やヤーロー社で建造された準同型を含めると67隻)の建造が行われているが、第一次大戦終結までに完成したのは20隻あまりで、大半の艦は戦争終結後に完成した。
 姉妹艦のうち大半(オーストラリア海軍へ譲渡した5隻を含む)は1930年代にロンドン軍縮条約の保有制限により退役・解体されているが、第二次大戦が勃発した時点で11隻が艦籍に残っており、船団護衛や警備・哨戒任務などに従事している。太平洋戦争開戦時に香港にあった「スレイシアン」は、開戦直後に日本軍へ鹵獲され、その後日本海軍の「第101号哨戒艇」となったが、戦争を生き残り終戦後に英国へ返還されている。

アドミラリティ”S”型駆逐艦の歴史
シミター[Scimitar] (H21)
1917年 5月30日ジョン・ブラウン社にて起工
1918年 2月27日進水
       4月29日竣工。習熟訓練後は本国艦隊に配属
1938年〜ポーツマスにて練習艦として使用される
1939年 9月〜第二次大戦勃発。船団護衛任務に従事
1940年 5月ダンケルク撤退に際し、輸送任務に従事
       5月31日僚艦と接触事故をおこし、その後座礁。スクリューを損傷する
       6月末〜修理後、船団護衛や対潜哨戒に従事
1941年 6月29日アイスランド沖にて独潜「U−651」を撃沈(他艦と共同)
1944年 4月26日揚陸連携訓練(エクササイズ・タイガー作戦)中、米揚陸艦(LST)と衝突損傷
       6月〜修理完了後は船団護衛に従事
(修理のためノルマンディ上陸作戦には参加できなかった)
      10月〜第一線を退き、プリマスにて練習任務に従事
1945年終戦後、予備役艦となる
1947年 6月29日スクラップとして売却。後に解体処分
スカウト[Scout] (H51)
1917年10月25日ジョン・ブラウン社にて起工
1918年 4月27日進水
       6月15日竣工。習熟訓練後は地中海艦隊に配属
1928年〜東洋艦隊中国ステーションへ転属
1939年 9月〜第二次大戦勃発。シンガポール・香港にて機雷敷設などに従事
1941年12月〜太平洋戦争勃発。マラッカ海峡などで船団護衛に従事
1942年 4月〜日本軍の侵攻を受け、インド洋西方(セイロン、インド西岸)へ後退
インド洋にて船団護衛などに従事
1944年 6月〜第一線を退き、トリンコマリーにて宿泊船として使用される
1945年12月本国へ帰還。帰着後に退役
1946年 2月11日スクラップとして売却。翌月解体処分
セイバー[Sabre] (H18)
1917年 9月10日アレックス・スティーブンス社にて起工
1918年 9月23日進水
      11月 9日竣工
1938年練習艦として使用するため、非武装化される
1939年 8月再就役。武装を施される
       9月〜第二次大戦勃発。船団護衛などに従事
      10月13日ロサイスにて英仮装巡「ジャービス・ベイ」[Jervis Bay]と衝突損傷
1940年 6月修理完了。フランスからの撤退に際し輸送任務に従事
       7月掃海実験のため試験業務に従事
       8月〜大西洋方面での船団護衛に従事
1941年11月12日ヘブリディーズ諸島沖にて英特設掃海艇「アポロ」[Apollo]と衝突損傷
翌月、修理完了後は船団護衛任務に従事
1943年 7月第一線を退き、対潜学校の訓練や新型魚雷開発などの支援に従事
      12月〜戦線へ復帰。船団護衛や沿岸哨戒などに従事
1945年 4月第一線を退き、予備役艦となる
1946年スクラップとして売却。後に解体処分
サラディン[Saladin] (H54)
1917年 9月10日アレックス・スティーブンス社にて起工
1919年 2月17日進水
       4月11日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。船団護衛などに従事
1940年 5月ダンケルク撤退に際し、輸送任務に従事
       5月30日ダンケルク沖にて独軍機の攻撃を受け損傷を負う
翌月、修理完了後もフランスからの撤退任務に従事
       7月〜大西洋や北海にて船団護衛任務に従事
1944年 4月揚陸連携訓練(エクササイズ・タイガー作戦)中、独魚雷艇の攻撃を受け応戦する
       6月〜本国沿岸部での船団護衛などに従事
       8月〜第一線を退き、練習艦として訓練任務に従事
1945年 6月退役。47年スクラップとして売却。後に解体処分
サードニクス[Sardonyx] (H26)
1918年 3月25日アレックス・スティーブンス社にて起工
1919年 5月27日進水
       7月12日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。船団護衛などに従事
1942年 4月〜船団護衛の他、機雷敷設部隊の護衛任務にも従事
1944年 9月フランスへの上陸部隊支援を実施
      10月〜第一線を退き、練習艦として訓練任務に従事
1945年 5月予備役艦となる。同年9月スクラップとして売却。同月解体処分
シカリ[Shikari] (D85→I85)
1918年 1月15日ドックスフォード造船所にて起工
1919年 7月14日進水。終戦により建造中止、チャタム工廠へ回航される
1923年 9月〜艤装工事続行が決定。艤装工事を実施
1924年 4月非武装の標的艦(無線操縦の標的艦を制御する艦)として竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。兵装搭載工事を実施(完了は同年12月)
1940年 1月〜船団護衛などに従事
       5月ダンケルク撤退に際し、輸送任務に従事
       7月〜大西洋などで船団護衛に従事
1944年 9月〜第一線を退き、練習艦として訓練任務に従事
1945年 9月13日スクラップとして売却。同年11月解体処分
ストロングホールド[Stronghold] (H50)
1918年 3月スコッツ造船にて起工
1919年 5月 6日進水
       7月 2日竣工
1920年頃機雷敷設のための装備を施す
1930年代?航空機射出実験のため射出機を一時期搭載する
1939年東洋艦隊中国ステーションへ転属
       9月〜第二次大戦勃発。香港・シンガポール周辺で哨戒や機雷敷設に従事
1940年 3月〜マレーシア近海の哨戒任務に従事
1941年 3月〜シンガポールを拠点に周辺の機雷敷設などに従事
      12月〜太平洋戦争勃発。シンガポールから濠州方面への船団護衛に従事
1942年 3月 2日船団護衛中、スンダ海峡南方にて日艦隊の攻撃を受け沈没
スターディ(初代)[Sturdy(1)] (H28)
1918年 3月スコッツ造船にて起工
1919年 6月25日進水
      10月15日竣工
1920年頃機雷敷設のための装備を施す
1930年代予備役艦となる
1939年 8月再就役。東洋艦隊中国ステーションへ配属
       9月〜第二次大戦勃発。地中海艦隊へ転属
      10月〜地中海にて哨戒任務や機雷敷設などに従事
1940年 7月〜大西洋方面へ転戦。大西洋での船団護衛などに従事
      10月30日船団護衛中、スコットランド西方沖にて座礁。船体は放棄される
テネドス[Tenedos] (H04)
1917年12月 6日ホーソン・レスリー社にて起工
1918年10月21日進水
1919年 6月11日竣工
1920年頃機雷敷設のための装備を施す
1939年東洋艦隊中国ステーションへ転属
       9月〜第二次大戦勃発。香港・シンガポール周辺で哨戒や機雷敷設に従事
1941年12月〜東洋艦隊Z部隊へ転属。太平洋戦争勃発
      12月10日マレー半島東方沖にて日軍機の攻撃を受ける(マレー沖海戦)
1942年 1月〜インド洋方面へ転戦。濠州方面への船団護衛に従事
       4月 5日コロンボにて日艦載機の攻撃を受け沈没
サニット[Thanet] (H29)
1917年12月13日ホーソン・レスリー社にて起工
1918年11月 5日進水
1919年 8月30日竣工
1920年頃機雷敷設のための装備を施す
1930年代?航空機射出実験のため射出機を一時期搭載する
1939年東洋艦隊中国ステーションへ転属
       9月〜第二次大戦勃発。香港・シンガポール周辺で哨戒や機雷敷設に従事
      11月〜香港近海の哨戒任務に従事
1941年12月〜太平洋戦争勃発。マレー半島近海の哨戒任務に従事
1942年 1月27日シンガポール沖にて日駆逐隊と交戦し沈没
スレイシアン[Thracian] (D86)
 当艦の年表は日本海軍「第101号哨戒艇」の項を参照


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