プーケット型 水雷艇

"Phuket" Class Torpedo boat
เรือตอร์ปิโด ชั้น "ภูเก็ต"


タイ(シャム)王国海軍 タイ王国海軍


ภูเก็ต
水雷艇「プーケット」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(基)318t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 102t
全長:(全)68.0m
全幅:6.4m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水 2.2m
出力:9,000hp
武装:
40口径76mm単装砲3基、65口径20mm単装機関砲2基、
8mm単装機銃4基、45cm魚雷連装発射管1基、同単装発射管2基
(他に45cm単装発射管をもう1基とする資料もある)
最大速力:31.0kt
航続距離:15ktで1,700浬
乗員定数:70名

同型艦名(9隻)
プーケット(註)
[ภูเก็ต (Phuket)]
トラート
[ตราด (Trad)]
パッターニー
[ปัตตานี (Pattani)]
スラート
[สุราษฎร์ (Surat)]
チャンタブリー
[จันทบุรี (Chanthaburi)]
ラヨーン
[ระยอง (Rayong)]
チュムポーン
[ชุมพร (Chumphon)]
チョンブリー
[ชลบุรี (Chonburi)]
ソンクラー
[สงขลา (Songkhla)]
(註)艇名をプケット [ปูเก็ต (Puket)]とする資料もある

プーケット型水雷艇について

 シャム(タイ)王国海軍が1930年代にイタリアへ発注して建造した高速水雷艇。同時期にイタリア海軍が建造した「スピカ」型水雷艇に似たスタイルで、船体サイズや搭載兵装が一回り小さい当クラスは「スピカ」型の縮小版にも見える。
 兵装は76ミリ砲3門と20ミリ機関砲2門、それに45cm魚雷発射管4門(単装発射管をもう1基含め5門とする資料もある)が搭載された。小型の船体ながら機関はパーソンズ式のギヤードタービンが搭載され、30ノット超の高速を発揮できた(公試時には過負荷出力1万馬力で34.25ノットを発揮したという)。

 1940年11月からのタイ・仏領インドシナ紛争から第二次大戦に参加、翌41年1月のコーチャン島沖海戦に当クラスのうち6隻(「プーケット」「トラート」「スラート」「ラヨーン」「ソンクラー」「チョンブリー」)が参加し、うち2隻が戦没している。
 その後は大きな戦闘に参加することはなく、大戦を生き延びた艇は1970年代まで使用されている。「チュムポーン」は除籍後にチュムポーン県にあるアブハカラ王子[Prince Abhakara Kiartivongse](別名チュムポーン王子[Prince Chumphon]。1923年没。近代海軍設立に尽力し「タイ王国海軍の父」と呼ばれている)記念施設の脇に展示されている(→グーグルマップ)。

 余談だが、当クラスのネームシップである「プーケット」の艇名をプケット[Puket]とする資料も見受けられる。単に「プーケット」をアルファベットに置き換えた際のミスであろうと思われるが、一応タイ文字に[Puket]を置き換えると[ปูเก็ต]となる(ただしタイ語として意味がある単語になってないようだ)。


プーケット型水雷艇の歴史
プーケット [ภูเก็ต (Phuket)]
1934年 1月伊CRDA[Cantieri Riuniti de l'Anreitico]モンファルコーネ造船所にて起工
1935年10月26日進水
1936年 3月竣工
1941年 1月17日第1戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
1975年11月除籍。後に解体
トラート [ตราด (Trad)]
1934年 2月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1935年 9月29日進水
1936年 3月竣工
1941年 1月17日第1戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
1975年11月除籍。後に解体
パッターニー [ปัตตานี (Pattani)]
1935年 3月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1936年11月28日進水
1938年10月竣工
1975年11月除籍。後に解体
スラート [สุราษฎร์ (Surat)]
1935年 3月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1936年11月14日進水
1938年10月竣工
1941年 1月17日第1戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
1975年11月除籍。後に解体
チャンタブリー [จันทบุรี (Chanthaburi)]
1936年 6月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
      11月26日進水
1938年10月竣工
1976年12月除籍。後に解体
ラヨーン [ระยอง (Rayong)]
1936年 6月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
      12月16日進水
1938年10月竣工
1941年 1月17日第2戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
1976年12月除籍。後に解体
チュムポーン [ชุมพร (Chumphon)]
1936年 7月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1937年 1月12日進水
1938年10月竣工
1976年11月除籍。後に解体
チョンブリー [ชลบุรี (Chonburi)]
1936年 8月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1937年 1月18日進水
1938年10月竣工
1941年 1月17日第2戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
仏艦隊と交戦し仏軽巡「ラモット・ピケ」等の砲撃を受け沈没
ソンクラー [สงขลา (Songkhla)]
1936年 8月伊CRDAモンファルコーネ造船所にて起工
1937年 2月10日進水
1938年10月竣工
1941年 1月17日第2戦隊に所属してコーチャン島沖海戦に参加
仏艦隊と交戦し仏軽巡「ラモット・ピケ」等の砲撃を受け沈没


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