ラタナコーシン型 砲艦

"Ratanakosin" Class Gunboat
เรือปืน ชั้น "รัตนโกสินทร์"


タイ(シャム)王国海軍 タイ王国海軍


รัตนโกสินทร์
「ラタナコーシン」(1926年頃)
スペックデータ
排水量:(常)1,000t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油 96t
全長:(全)53.0m
全幅:11.3m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水 3.3m
出力:850hp
武装:
50口径15.2cm単装砲2基、40口径76mm単装砲4基
(1930年代に39口径40mm単装機関砲2基、1940年代に65口径
20mm単装機関砲2基をそれぞれ追加搭載)
最大速力:12.0kt
航続距離:10ktで2,000浬
乗員定数:102名

同型艦名(2隻)
ラタナコーシン
[รัตนโกสินทร์ (Ratanakosin)]
スコータイ
[สุโขทัย (Sukhothai)]

ラタナコーシン型砲艦について

 シャム(タイ)海軍が英国へ発注・建造した沿岸用砲艦。当初は1914年に始まったシャム海軍の増強計画に沿って建造が予定されたが、第一次大戦の勃発に伴って建造中止となり、1924年に再発注されたものである。
 駆逐艦サイズの船体に軽巡洋艦なみの主砲(ただし単装)を搭載しており、一般的に想像する航洋型砲艦よりも、どちらかというと海防戦艦やモニター艦に近いスタイルの艦である。船体に不釣り合いなほど大きな砲塔を艦の前後に据え、副砲として76ミリ砲4門も備えるなど強武装だが、機関はレシプロ機関で最高速度も12ノットと低かった。

 2番艦「スコータイ」は1932年6月に勃発したクーデター(立憲革命)においてクーデター軍に使用されている。しかし当クラスはその後の大戦で大きな作戦に参加することは無く、終戦後の1970年前後まで現役として使用された。


ラタナコーシン型砲艦の歴史
ラタナコーシン [รัตนโกสินทร์ (Ratanakosin)]
1924年 9月29日英アームストロング・ホイットワース社[Armstrong Whitworth]ハイウォーカー[High Walker]造船所にて起工
1925年 4月21日進水
       8月10日竣工
       8月31日シャムへ向けイギリスを出港するも、同日中に他船と衝突事故をおこし損傷。修理のために造船所へ戻る
      10月29日修理完了し、シャムへ向け再出発
1967年10月除籍
1968年 8月 2日自沈処分となる
スコータイ [สุโขทัย (Sukhothai)]
1928年12月英ヴィッカース・アームストロング社[Vickers-Armstrong]バーロー[Barrow]造船所にて起工
1929年11月19日進水
1930年10月 6日竣工
1932年 6月24日人民党によるクーデター(立憲革命)に参加
1970年12月除籍


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