駆逐艦 プラ・ルアン

Destroyer "Phra Ruang"
เรือพิฆาต พระร่วง


タイ(シャム)海軍(元イギリス海軍) タイ海軍 イギリス海軍


พระร่วง
「プラ・ルアン」(1921年)
スペックデータ(タイ(シャム)海軍就役時)
排水量:(常)1,035t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油296t
全長:(全)83.6m
全幅:8.3m 主機:Brown-Curtis式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.7m
出力:27,000hp
武装:
40口径10.2cm単装砲3基、40口径7.6cm(12pdr)単装高角砲1基、
40mm(2pdr)単装ポンポン砲1基、53cm魚雷連装発射管2基、
(1940年代に70口径20mm単装機関砲2基を増設)
最大速力:36.0kt
航続距離:15ktで3,440浬
乗員定数:82名

同型艦名(1隻)
プラ・ルアン [ พระร่วง (Phra Ruang)]

駆逐艦 プラ・ルアンについて

 イギリス海軍は第一次大戦開戦後の1915年次計画で駆逐艦の大量建造を計画した。”R”型と呼ばれる艦隊駆逐艦(第二次大戦時の同名クラスとは異なる)は複数の基礎設計(海軍本部式およびソーニクロフト式)の艦として62隻が建造されたが、第一次大戦を無事に生き残った艦の大半は1930年頃までに除籍・売却処分されてしまっている。
 当艦は第一次大戦終結後の1920年にタイ(当時の国名はシャム)海軍がイギリスから購入したもので、元はソーニクロフト式の設計を持つ「レディアント」[HMS Radiant]であった。この艦は竣工時の公試で39.7ノットの最高速度を発揮した優秀なもので、タイ海軍へ編入された時点で、まだ竣工から3年ほどの新鋭艦であった。
 タイ海軍では第3艦隊に所属していたが特に大きな海戦への参加は無く、1959年に除籍された後も長い間係留練習船として使用されていた。


駆逐艦 プラ・ルアンの歴史
プラ・ルアン [ พระร่วง (Phra Ruang)]
1915年12月英ソーニクロフト社にて起工
1916年11月25日進水
1917年 2月竣工。英海軍に就役。艦名「レディアント」
1920年 6月20日英海軍からソーニクロフト社へ売却
翌日、ソーニクロフト社がタイ(シャム)へ売却
       9月20日タイへ回航され、タイ海軍へ就役。艦名を「プラ・ルアン」と改名
1941年12月〜太平洋戦争中はタイ海軍第3艦隊に所属し、哨戒任務などに従事
1959年 7月タイ海軍除籍。係留練習船として使用される
 資料によれば「西暦2000年頃の時点で浮きハルクとして現存」とされているが
現在は残っていないようだ


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