潜水艦 デルフィナル

Submarine "Delfinul"
Submarinul "Delfinul"


ルーマニア海軍 ルーマニア海軍


NMS Delfinul
「デルフィナル」(1936年:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量(水上):650t排水量(水中):900t全長:(全)68.0m
出力(水上):800hp出力(水中):800hp全幅:5.90m
最大速力(水上):14.0kt最大速力(水中):9.0kt吃水:3.60m
航続距離(水上):10ktで2,000浬航続距離(水中):不明乗員数:40名
燃料搭載量:重油 搭載量不明安全潜行深度:80m
主機関:Sulzer式(Krupp式とする資料あり)ディーゼル機関×2基+Monza製電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷6発搭載》53cm魚雷発射管6門(艦首4、艦尾2)、
35口径10.2cm単装砲1基

同型艦名(1隻)
デルフィナル [Delfinul]

潜水艦 デルフィナルについて

 第一次大戦後の1926年にルーマニア海軍は戦力強化の一環として、イタリアに対して潜水艦1隻の建造を発注した。イタリアではCNQ社にて建造を行ったが、契約履行が不完全だったためルーマニアと造船所の間で訴訟騒ぎとなり、引き渡しは1936年まで遅れることになった。引き渡し後の8月15日(海軍の日[Ziua Marinei Române]とされるルーマニアの祝日)に就役した当艦は黒海などで習熟訓練を行っている。

 第二次大戦が始まり、1941年6月にルーマニアが枢軸国側で参戦すると、当艦は黒海にて対ソビエトの哨戒任務に従事することになった。1942年7月の哨戒パトロールで敵機の攻撃により損傷を負うまでの約1年間に計9回の任務に従事しているが、唯一の戦果は貨物船1隻の撃沈だけであったと言われている。
 1942年後半から修理を行っているものの損傷が重大だったため完全な修理はできず、1944年に政変が起き今度は連合国側として参戦した際に、当艦は部品取り用としてソビエト軍に接収されてしまった。戦後の1957年に残っていた船体が返還されているが、二度と海に浮かぶことはなく、1970年頃に解体処分されている。
 1980年初頭にルーマニア海事博物館が建造された際、当艦のパーツ(ディーゼルエンジンや甲板砲、深度計など)が収蔵され、現在も公開されている。


潜水艦 デルフィナルの歴史
デルフィナル [Delfinul]
1927年 6月CNQ[Cantieri navali del Quarnaro S.A.]社フューメ造船所にて起工
1930年 6月22日進水
1931年竣工したが、履行不備のためルーマニアが受領せず訴訟騒ぎとなる
1936年 5月ルーマニア海軍へ引き渡し後、ナポリを出港
6月27日コンスタンツァへ到着
       8月15日ルーマニア海軍へ就役。以降は黒海などで訓練に従事
1941年 6月22日〜ルーマニア参戦のため、黒海にて哨戒任務に従事
      11月 5日ヤルタ沖にて貨物船(ソビエト船「ウラルス」[Уралес (Urales)]と推定)を雷撃、撃沈
1942年 6月25日〜ヤルタ沖へ哨戒に出撃。6月末から7月1日にかけて敵航空機の執拗な
追尾・攻撃により船体に損傷を負うが7月3日に生還
 修理を行うが、損傷が重大なため再度の出撃は行えず
1944年 8月23日ソビエト軍に接収される
1957年ソビエトから船体が返還される
1970年頃解体処分となる


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