マラシュティ型 駆逐艦

"Mărăşti" Class Destroyers
Distrugătorul Mărăşti din clasa


ルーマニア海軍 他 ルーマニア海軍 イタリア海軍 ソビエト海軍


NMS Mărășești
「マラシェシュティ」(1920年代?:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(ルーマニア海軍就役時)
排水量:(基)1,410t ボイラー:Thornycroft罐・重油専焼×5基 燃料搭載量:重油260t
全長:(水)94.3m
全幅:9.45m 主機:Tosi式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.5m
出力:34,000hp
武装:
45口径12cm連装砲2基、同単装砲1基、40口径7.6cm単装高角砲2基、
6.5mm単装機銃2基、45cm魚雷連装発射管2基、機雷50個搭載可能
最大速力:34.0kt
航続距離:15ktで1,700浬
乗員定数:139名

同型艦名(2隻)
マラシュティ[Mărăşti]マラシェシュティ[Mărășești]

マラシュティ型 駆逐艦について

 第一次大戦前の1913年にルーマニア海軍は戦力強化のため、イタリアへ4隻の駆逐艦建造を発注した。当時の駆逐艦としては大型の艦で、兵装も6インチ単装砲3基と強力なものが搭載されていたが、建造開始直後に第一次大戦が勃発、1915年にイタリアが参戦すると未着工だった1隻も含めてイタリア海軍に接収され、竣工後はイタリア海軍へ編入され、それぞれ「スパルビエロ」「ニッビオ」「アキーラ」「ファルコ」と命名された。
 第一次大戦が終結すると、伊海軍は接収した4隻のうち2隻(「スパルビエロ」「ニッビオ」)が再整備のうえで1920年にルーマニアへ売却された。この2隻が当クラスである。ちなみに伊海軍に残された2隻は1937年にスペインの国民党軍に売却され、1950年頃までスペイン海軍で使用されている。

 ルーマニア海軍に就役した当クラスは、第二次大戦では黒海で護衛任務などに従事していたが、1944年8月にルーマニアがソビエトへ降伏するとソビエト軍へ鹵獲され、ソビエト海軍の黒海艦隊に編入されている。第二次大戦終結後ソビエトの衛星国になったルーマニアへ両艦は返還され、1960年代に退役するまでルーマニア人民共和国海軍にて使用された。


マラシュティ型 駆逐艦の歴史
マラシュティ[Mărăşti]
1914年 1月伊パティソン造船[Cantieri Pattison]にて起工
1915年 6月 5日イタリア海軍が接収。艦名を「スパルビエロ」と命名する
1917年 3月26日進水
       7月15日竣工
1920年再整備のうえ、ルーマニアへ売却。艦名を「マラシュティ」と改名
同年7月、ルーマニア海軍へ編入
1939年 9月〜第二次大戦勃発(領土割譲など周辺国との領土問題がおきる)
1940年11月〜(ルーマニアが三国同盟に加盟する)
1941年〜ルーマニア参戦。当艦は黒海などで護衛任務に従事
1944年 8月24日(ルーマニアはソビエトに降伏。翌日にはドイツへ宣戦布告)
休戦協定によりソビエト海軍に鹵獲される
       9月 5日ソビエト海軍黒海艦隊に編入。艦名を「ロブキー」[Ловкий (Lovkiy)]と改名
1945年10月ルーマニアへ返還され、共和国海軍に編入
艦名を「ヴィジャリア」[Vijelie]と改名
1961年除籍。後に解体処分
マラシェシュティ[Mărășești]
1914年 7月伊パティソン造船にて起工
1915年 6月 5日イタリア海軍が接収。艦名を「ニッビオ」と命名する
1918年 1月30日進水
       5月15日竣工
1920年再整備のうえ、ルーマニアへ売却。艦名を「マラシェシュティ」と改名
同年7月、ルーマニア海軍へ編入
1939年 9月〜第二次大戦勃発(領土割譲など周辺国との領土問題がおきる)
1940年11月〜(ルーマニアが三国同盟に加盟する)
1941年〜ルーマニア参戦。当艦は黒海などで護衛任務に従事
1944年 8月24日(ルーマニアはソビエトに降伏。翌日にはドイツへ宣戦布告)
休戦協定によりソビエト海軍に鹵獲される
       9月 5日ソビエト海軍黒海艦隊に編入。艦名を「リョグキー」[Лёгкий (Lyogkiy)]と改名
1945年10月ルーマニアへ返還され、共和国海軍に編入
艦名を「ヴァルテジュ」[Vârtej]と改名
1961年除籍。後に解体処分


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