ルィシュ型 潜水艦

"Ryś" Class Submarines
Okręty podwodne typu "Ryś"


ポーランド海軍 ポーランド海軍


ORP Ryś
「ルィシュ」(撮影時期不詳:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量(水上):980t排水量(水中):1,250t全長:(全)78.5m
出力(水上):1,800hp出力(水中):1,200hp全幅:5.89m
最大速力(水上):14.5kt最大速力(水中):9.5kt吃水:4.19m
航続距離(水上):10ktで3,500浬航続距離(水中):5ktで100浬乗員数:46〜54名
燃料搭載量:重油139t安全潜行深度:80m
主機関:Vickers-Normand式ディーゼル機関×2基、(メーカー不詳)電動モーター×2基、2軸推進
武装:
《魚雷10発搭載》55cm魚雷発射管6門(艦首4、舷側(旋回式)2)、
40口径10cm単装砲1基、37口径40mm単装機砲1基(後に13.2mm
連装機銃1基へ換装)、機雷38〜40個搭載

同型艦名(3隻)
ルィシュ [Ryś]ヴィルク [Wilk]ジュブィク [Żbik]

ルィシュ型 潜水艦について

 第一次大戦終結により領土割譲でポーランド共和国が再誕した後、1924年に海軍戦力強化を目指す整備計画が策定され、その第一弾としてフランスに駆逐艦2隻(「ブルザ」型駆逐艦の項参照)とともに潜水艦3隻が発注された。
 1926年に発注された当クラスは、仏海軍が第一次大戦末に建造した「ピエール・シャイレ」[Pierre Chailley](1917年起工、1921年進水。1936年退役)の設計を参考にしており、当時フランスで建造中だった「サフィール」型敷設潜水艦の拡大型とも言える艦であった。フランス式55センチ魚雷の発射管を6門(艦首に4、艦後部舷側の上構内に旋回式2)を持ち、艦内のノルマン・フノー式機雷収納筒に最大40個の機雷を搭載することが可能であった。

 当クラスは1930年代初頭に順次竣工、ポーランド海軍に就役した。1939年の第二次大戦勃発前に当クラスはグダニスク湾の哨戒や機雷敷設などに従事しているが、同年9月ドイツ軍がポーランドへ侵攻すると散り散りとなり、全艦がイギリスへ向け脱出したが、「ルィシュ」と「ジュブィク」はイギリスへ向かうのを諦め、スウェーデンに脱出し中立国だったスウェーデンに終戦まで抑留された。「ヴィルク」のみがイギリスへたどり着き自由ポーランド海軍の一隻として哨戒任務や訓練に従事している。
 終戦後は全艦がポーランドへ戻って、「ルィシュ」などは1950年代初頭には兵装をソビエト式に改めているが、全艦が1950年中盤に除籍された。

 なお、最も竣工が早かった「ルィシュ」をネームシップとせず、「ルィシュ」よりも進水が早く第二次大戦で最も活躍した「ヴィルク」をネームシップとしている資料も多く見受けられる。


ルィシュ型 潜水艦の歴史
ルィシュ [Ryś]
1927年 5月28日仏ロワール造船所[Ateliers et Chantiers de la Loire]にて起工
1929年 4月22日進水
1931年 8月 2日竣工
1932年〜訓練任務や諸外国訪問航海などを実施
1936年 4月 1日船内にて蓄電池の爆発事故発生。乗員14名が負傷
1939年 3月〜欧州の情勢不安からグダニスク湾にて哨戒任務に従事
       9月 1日〜第二次大戦勃発。ポーランドが独軍の侵攻を受けたため、
同月中旬イギリスへ向け脱出するが燃料不足のためスウェーデンへ行先変更
       9月18日スウェーデンに到着。24時間の猶予中に再出港できずスウェーデンに抑留となる
1945年 8月大戦終結により抑留解除。乗員のみポーランドへ帰還
      10月船体がポーランドへ返還される
1946年 5月〜修理及び近代化改修工事を実施(完了は49年)
1949年〜訓練任務やソビエトへの訪問航海などを実施
1951年頃兵装をソビエト式のものに改修
1955年 1月10日除籍。翌年解体処分
ヴィルク [Wilk] (英海軍艦番号 N63)
1927年仏オーギュスタン・ノルマン造船所[Chantiers et Ateliers Augustin Normand]にて起工
1929年 4月12日進水
1931年10月31日竣工
1932年〜訓練任務や諸外国訪問航海などを実施
1939年 9月 1日〜第二次大戦勃発。ポーランドが独軍の侵攻を受けたため、
同月中旬イギリスへ向け脱出
       9月20日英ロサイスへ到着。同年10月から英海軍式の兵装への換装を実施
      11月〜英海軍指揮下で北海にて哨戒任務に従事
1940年 6月20日任務中、正体不明の物体に衝突し軽微な損傷を負う
(独潜や蘭潜に衝突したとの説があるが、明確な証拠はない)
1941年 8月〜第一線任務を退き、訓練任務に従事するようになる
1942年 4月 2日退役。デヴォンポートにて予備役艦として係留される
1945年 8月大戦終結。46年9月乗員のみポーランドへ帰還
1952年10月船体がポーランドへ返還される
1954年除籍。後に解体処分
ジュブィク [Żbik]
1929年仏フランセ造船所[Chantiers Naval Français]にて起工
1930年 6月14日進水
1932年11月20日竣工
1939年 9月 1日〜第二次大戦勃発。ポーランドが独軍の侵攻を受けたため、
同月中旬イギリスへ向け脱出するが燃料不足のためスウェーデンへ行先変更
       9月25日スウェーデンに到着。24時間の猶予中に再出港できずスウェーデンに抑留となる
1945年 8月大戦終結により抑留解除。乗員のみポーランドへ帰還
      10月船体がポーランドへ返還される
1946年〜修理及び近代化改修工事を実施
1955年 9月 9日除籍。翌年解体処分


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