オトラ型 掃海艇

"Otra" Class Minesweeper
"Otra" Klassen Minesveiper


ノルウェー海軍 他 ノルウェー海軍 ドイツ海軍


KNM Otra
KNM Rauma
(上段)「オトラ」(1939年)/(下段)「ラウマ」(1939年進水時)(どちらもPhoto from Wikipedia)
スペックデータ
排水量:(基)320t ボイラー:(形式不詳)罐・重油専焼×1基 燃料搭載量:重油 搭載量不明
全長:(垂)51.0m
全幅:7.01m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:1.91m
出力:900hp
武装:
56口径40mm単装機関砲1基、70口径20mm単装機関砲2基、
12.7mm単装機銃2基、掃海具一式
最大速力:13.5kt
航続距離:9ktで1,400浬
乗員定数:25名

同型艦名(2隻)
オトラ [Otra]ラウマ [Rauma]

オトラ型掃海艇について

 それまで旧式砲艦などを改修した掃海艇しか持たなかったノルウェー海軍が初めて建造した専用の掃海艇。戦争の気配が近づく1939年初頭に起工し、同年中に進水した当クラス2隻は、第二次大戦ではスウェーデンで産出される鉄鉱石をイギリス向けに発送していたナルヴィク港の掃海等に従事した。ドイツ軍のノルウェー侵攻開始時にはホルテンの北方で掃海任務に従事していたが、ノルウェーの降伏に伴いドイツ海軍へ投降した。

 ドイツ軍は捕獲後の当クラスを艦籍に編入して哨戒艇と類別した。独海軍では掃海任務や哨戒などに使用しており、終戦まで生き残った両艦はノルウェーへ返還され、1960年代まで現役として使用されている。

 ちなみにノルウェー海軍が使用した掃海艇は、第二次大戦勃発後に捕鯨用キャッチャーボートを改修した掃海特務艇6隻を建造したほかは、イギリスやアメリカが貸与する艇に頼っており、ノルウェー海軍が専用の掃海艇を独自に建造するのは1990年代の「アルタ」[Alta]型まで待たなければならなかった。


オトラ型掃海艇の歴史
オトラ [Otra]
1939年 1月ニーランズ工業社[Nylands Verksted]にて起工
       8月 5日進水
       9月竣工。ナルヴィク港などの掃海に従事
1940年 4月 9日ホルテン北方を掃海するよう命令が出たためホルテンを出港するが、ドイツ軍によるノルウェー侵攻が開始されたためホルテンへ戻れず立ち往生する
       4月10日フィルベット[Filtvet]にて独軍に投降。捕獲される
(月日不詳)ドイツ海軍籍に編入。哨戒艇[Vorpostenboot]に類別され、艦名を「トーゴ」[Togo]と改名。トロムソなどノルウェー北部の沿岸警備に従事
1941年 9月21日ハンメルフェスト[Hammerfest]沖にて独掃海艇「R158」と衝突損傷
1945年 6月〜対独戦終結後は独機雷掃海局[German Mine Sweeping Administration]に所属し、機雷掃海に従事
1946年 1月18日ボーゲン[Bogen]にてノルウェーへ返還・引き渡し
      10月30日艦籍へ再編入。艦名を「オトラ」へ戻す
1949年 4月掃海練習艇へ改修。類別変更
1959年 8月21日退役
1963年除籍。同年4月スクラップとして売却
ラウマ [Rauma]
1939年 1月ニーランズ工業社にて起工
       9月26日進水
1940年 1月竣工。ナルヴィク港などの掃海に従事
       4月 9日ドイツ軍によるノルウェー侵攻が開始。「オーラヴ・トリグヴァソン」とともにホルテン港にて独艦隊の一部と交戦するが、ノルウェー降伏に伴い当艦もドイツ軍へ投降
       4月18日ドイツ海軍籍に編入。哨戒艇に類別され、艦名を「カメルーン」[Kamerun]と改名。オスロなどで沿岸警備・掃海に従事
1945年 6月〜対独戦終結後は独機雷掃海局に所属し、機雷掃海に従事
1947年ノルウェーへ返還後、艦籍へ再編入。艦名を「ラウマ」へ戻す
1949年 4月掃海練習艇へ改修。類別変更
1959年 8月21日退役
1963年除籍。同年4月スクラップとして売却


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