敷設艦 オーラヴ・トリグヴァソン

Minelayer "Olav Tryggvason"
Minelegger "Olav Tryggvason"


ノルウェー海軍 他 ノルウェー海軍 ドイツ海軍


KNM Olav Tryggvason
「オーラヴ・トリグヴァソン」(第二次大戦前の練習艦時代の姿:Photo from Wikipedia)
スペックデータ
排水量:(基)1,569t ボイラー:(形式不詳)罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油200t
(重油130t+ディーゼル油70t)
全長:(全)97.0m
全幅:11.50m 主機:De Laval式ギヤードタービン×2基、2軸推進
     +(巡航用として)メーカー不詳ディーゼル機関×2基+電動モーター×2基
吃水:3.60m
出力:6,000hp
 +(ディーゼル1,400hp)
武装:
44口径12cm単装砲4基、51口径76mm単装砲1基、
56口径40mm単装機関砲2基、12.7mm単装機銃2基、
45cm魚雷連装発射管2基、機雷280個搭載
最大速力:23.0kt
(ディーゼルのみ14.0kt)
航続距離:14ktで3,000浬
乗員定数:136名+候補生55名
    (敷設艦時は132名)

同型艦名(1隻)
オーラヴ・トリグヴァソン[Olav Tryggvason]

敷設艦 オーラヴ・トリグヴァソンについて

 ノルウェー海軍が1930年代初頭に士官候補生の練習艦として建造した艦。敷設艦として兼用できるよう機雷搭載設備が施されており、また候補生の訓練用として多種類の兵装も搭載された。機関はタービンとディーゼルの併用であった。
 1934年に竣工した当艦は、夏になると士官候補生55名を乗せて西ヨーロッパ方面へ練習航海に出ており、当艦で学んだ候補生の中には皇太子アレクサンデル[Alexander Edward Christian Frederik](後にノルウェー国王オーラヴ5世[Olav V]として1957年即位。1991年1月没)も居た。

 第二次大戦が勃発するとノルウェーは中立国として行動し、当艦も中立性保持のための警備任務に従事した。1940年4月にドイツ軍がノルウェーへ侵攻を開始した際、当艦はホルテンにて警戒任務に就いており、4月9日の早朝にホルテン港に侵入したドイツ艦隊の一部(水雷艇「アルバトロス(初代)」「コンドア」および掃海艇「R17」「R27」の4隻)と交戦している。
 結局、奮闘したもののノルウェーが降伏したため当艦もドイツ海軍へ投降し、ドイツ海軍は当艦を艦籍へ編入した。編入後の状況については別項にまとめているので、そちらを参照願いたい。


敷設艦オーラヴ・トリグヴァソンの歴史
オーラヴ・トリグヴァソン[Olav Tryggvason]
1931年ノルウェー海軍工廠[Marinen Hovedverft]にて起工
1932年12月21日進水
1934年 6月21日竣工。ノルウェー海軍軍艦「オーラヴ・トリグヴァソン」として就役
1939年 9月〜第二次大戦勃発。中立性保持のため領海警備に従事
      11月 3日ドイツ軍が拿捕した商船「シティ・オブ・フリント」[City of Flint](アメリカ船籍)がドイツへ回航中、英巡洋艦「グラスゴー」の追撃を逃れるためハウゲスン港に入港した。
「オーラヴ・トリグヴァソン」は領海へ入った英巡を退去させるために出撃した。
(商船の積荷はノルウェーが没収。回航船員のドイツ人は抑留され、商船は最終的に所有国であるアメリカへ返還された。中立国として当然の行為だが当件についてノルウェー外務省はドイツ政府から強い抗議を受けている(「シティ・オブ・フリント」号事件)
1940年 4月 9日同日深夜にホルテン港へ係留。早朝にホルテン港へドイツ艦が侵入し交戦。
同日朝にノルウェー降伏のため当艦も投降。ホルテンにて独軍に捕獲される
       4月11日独海軍へ編入。艦名を「アルバトロス(2代)」と改名。
以降の歴史については「アルバトロス(2)」のページを参照


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