A型 掃海艇

"A" Class Minesweeper
Mijnenveger "A"klasse


オランダ海軍 他 オランダ海軍 日本海軍


Hr.Ms. A
Hr.Ms. B
(上段)掃海艇「A」/(下段)掃海艇「B」(どちらも1930年頃:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量:(基)179t ボイラー:水管罐・重油専焼×1基 燃料搭載量:重油40t
全長:42.8m
全幅: 6.0m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水: 1.5m
出力:700hp
武装:
12.7mm単装機銃2基、
(12.7mm単装機銃1基、7.62mm単装機銃2基とする説あり)
最大速力:14.5kt
航続距離:不明
乗員定数:31〜38名

同型艦名(4隻)
A [A]B [B]C [C]D [D]

A型掃海艇について

 1920年代にオランダ海軍が海外植民地向けに建造した掃海艇。前級の「M」型がタグボート(曳船)からの改装型であったのに対し、当クラスは最初から掃海艇として設計・建造されたものであった。
 設計は第一次世界大戦時のドイツ帝国海軍が使用していた掃海艇「FM」型に範を取ったもので、排水量は前級「M」型に比べて小さいが、艇の形状はズングリしていた前級と違い、全長の長い軍艦然としたものになっている。

 竣工後の1930年に蘭領東インドへ配備され、スラバヤを拠点に行動していたが、1941年末に対日戦が勃発し翌年3月に日本軍が迫ると、捕獲をおそれ全艇が自沈した。
 4隻の姉妹艇のうち3隻が日本軍の手により浮揚・修理され、日本海軍の駆潜特務艇(第112号型)となったが、全艇が戦没している。


A型掃海艇の歴史
A [A]
 日本海軍駆潜特務艇第113号の項を参照
B [B]
 日本海軍駆潜特務艇第112号の項を参照
C [C]
 日本海軍駆潜特務艇第116号の項を参照
D [D]
1928年ウィレムスオールト海軍工廠[Rijkswerf Willemsoord]にて起工
1929年進水
1930年 8月 4日竣工。同年10月スラバヤへ回航される
1942年 3月 6日日本軍の侵攻を受けスラバヤにて自沈


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