O 12型 潜水艦

"O 12" Class Submarines
Onderzeeboot van de "O 12" Klasse


オランダ海軍 他 オランダ海軍 ドイツ海軍 イギリス海軍


Hr.Ms. O13
「O 13」(1937年:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ(【 】内は「O 15」のデータ)
排水量(水上):610t排水量(水中):754t全長:(全)60.4m
出力(水上):1,800hp出力(水中):620hp全幅:6.83m
最大速力(水上):16.0kt最大速力(水中):8.0kt吃水:3.60m
航続距離(水上):10ktで3,500浬航続距離(水中):8ktで26浬乗員数:29〜31名
燃料搭載量:重油 93t安全潜行深度:60m
主機関:Sulzer式ディーゼル機関×2基+Schmitt式電動モーター×2基、2軸推進
     【MAN式ディーゼル機関×2基+Schmitt式電動モーター×2基、2軸推進】
武装:
《53cm魚雷10発搭載》53cm魚雷発射管5門(艦首4、艦尾1)、
36口径40mm単装機関砲2基(1930年代に撤去)、12.7mm単装機銃1基

同型艦名(4隻)
O12 [O 12]O13[O 13]O14 [O 14]O15 [O 15]

O 12型 潜水艦について

 オランダ海軍が1920年代後半に「O9」型に続いて建造した沿岸警備用潜水艦。これまでの沿岸用潜水艦(Oシリーズ)に比べ大型化しており、また搭載魚雷を53センチのものに統一したオランダ海軍として最初の艦であった。甲板砲は廃止され、司令塔に対水上小型艇・対空兵装として40ミリ機関砲が2門装備された。それ以外にも電動動作式の潜望鏡や高圧空気による潜望鏡レンズの洗浄装置など新開発の技術が投入されている。しかし船体の安定性が悪く水上航行での動揺が大きかったため、1930年代半ばに改修が行われ船体形状の変更と40ミリ機関砲が撤去されている。

 第二次大戦では、「O12」がドイツ軍に捕獲されているが、他の姉妹艦はイギリスへ脱出して英海軍の指揮下で哨戒や訓練任務に従事した。
 「O13」は1940年6月に喪われているが、船体が発見されていないためオランダ海軍は公式に『本艦は現在も哨戒任務を続行中』としている。
 「O14」は大戦中に退役し、乗員は英海軍が貸与した「スタージョン」(貸与後は「ゼーフント」と改名)に転属した。
 「O15」はイギリス到着後に修理を行ったが、ディーゼル機関の部品が入手できなかったので、アメリカへ回航され機関の修理を行っている。また終戦後、「O15」のみがオランダへ帰還できている。
 「O12」はドイツ海軍に編入され「U−D2」の艦名で訓練任務に従事したが、終戦時に自沈した。


O 12型 潜水艦の歴史
O12 [O 12]
1928年10月20日王立スヘルデ工廠[Koninklijke Maatschappij De Schelde]にて起工
1930年11月 8日進水
1931年 7月20日竣工。就役後は本国沿岸の哨戒や北海での演習などを実施
1936年頃船体安定性向上のための改修を実施
1939年 9月〜第二次大戦勃発。本国周辺海域の警備任務に従事
1940年 5月14日オーバーホール中にドイツ軍が侵攻開始したため、捕獲をおそれ自沈
 オランダ占領後、独軍に浮揚され修理を実施
1943年 1月30日ドイツ海軍へ編入。艦名を「U−D2」と改称
潜水艦防衛学校[U-Boot-Abwehrschule]の練習船として使用される
1944年 7月 6日退役。以降はキール軍港に係留される
1945年 5月ドイツの敗戦必至となったため、キール軍港にて自沈
1954年浮揚後、スクラップとして売却
O13[O 13](英海軍艦番号 N13)
1928年12月 1日王立スヘルデ工廠にて起工
1931年 4月18日進水
      10月 1日竣工。就役後は本国沿岸の哨戒や北海での演習などを実施
1936〜7年頃船体安定性向上のための改修を実施
1937年スペイン内乱に際し、ジブラルタル方面の哨戒に参加
1939年 9月〜第二次大戦勃発。本国周辺海域の警備任務に従事
1940年 5月10日ドイツ軍の侵攻を受けイギリスへ向け脱出。翌日ポーツマスへ到着
       5月後半〜英海軍指揮下でダンケルク撤退支援やイギリス海峡の哨戒などに従事
       6月12日〜哨戒に出撃後、19日の無線連絡を最後に消息を絶つ
(ポーランド潜「ヴィルク」との衝突説、独軍機による攻撃説、触雷説などがある)
       6月25日(28日説あり)行方不明として記録される
O14 [O 14](英海軍艦番号 N14 → P14)
1928年12月29日王立スヘルデ工廠にて起工
1931年10月 3日進水
1932年 3月 4日竣工。就役後はキュラソー(カリブ海の蘭領)へ配備される
1937年頃船体安定性向上のための改修を実施
1939年 9月〜第二次大戦勃発。カリブ海での警備任務に従事
1940年 5月(オランダ本国へドイツ軍が侵攻開始)
英海軍との協議の結果、カリブ海からイギリスへ移動することを決定
      10月輸送船団の護衛としてイギリスへ移動
      12月〜イギリスにてオーバーホールを実施(完了は翌年8月)
1941年後半〜英海軍指揮下で対潜訓練の標的艦として使用される
1942年 1月ノルウェーへの英軍特殊部隊上陸を支援(キットバッグ作戦)
1943年 6月26日機関不調のため退役。「O15」のための部品取りに使用される
O15 [O 15](英海軍艦番号 N15 → P15)
1930年 3月 3日ウィルトン・ファイエノールト社[Wilton-Fijenoord]にて起工
1931年 5月27日進水
1932年 7月28日竣工。就役後はキュラソー(カリブ海の蘭領)へ配備される
1937年頃船体安定性向上のための改修を実施
1939年 9月〜第二次大戦勃発。カリブ海での警備任務に従事
1940年 5月(オランダ本国へドイツ軍が侵攻開始)
英海軍との協議の結果、カリブ海からイギリスへ移動することを決定
       7月英艦と供にイギリスへ移動
 ハリファクスにてオーバーホールを行うが、ディーゼル機関の部品が調達できず
米フィラデルフィアへ回航され再修理を実施
1942年 9月フィラデルフィアでの修理が完了し、ダンディー(英国)へ帰還
1942年後半〜北海での船団護衛や哨戒任務に従事
1945年 7月欧州での戦闘が終了し、オランダへ帰還
       9月 1日第二次大戦終結により退役。以降は英蘭間での復員兵輸送に従事
1946年10月スクラップとして売却


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