トロンプ型 軽巡洋艦

Light Cruisers "Tromp" Class
Lichte kruisers van de Trompklasse


オランダ海軍 Koninklijke Marine


Hr.Ms.Tromp
「トロンプ」(1936年)
スペックデータ(竣工時:【 】内はJacob van Heemskerckのデータ)
排水量:(常)4,150t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油 860t
全長:(全)132.0m
全幅:12.5m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:4.6m
出力:56,000hp
武装:
50口径15cm連装装砲3基【45口径4inch連装高角砲5基】、60口径40mm
連装機関砲2基【4基】、12.7mm連装機銃2基【20mm単装機銃2基】、
53cm魚雷3連装発射管2基【爆雷投下軌条2】、水偵2機(後に3inch単装
高角砲4基、40mm単装機関砲4基を増設【20mm単装機銃6基を増設】)
最大速力:32.5kt
航続距離:12ktで6,800浬
乗員定数:380名【420名】

同型艦名(2隻)
トロンプ [Tromp]ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(2代) [Jacob van Heemskerck(2)]

トロンプ型軽巡洋艦について
 1935年次の計画で建造された軽巡洋艦(当時のオランダでは平和主義が台頭していたため『巡洋艦』という名称は使わず、『嚮導艦』[Flottieljeleider]と類別されている)。オランダ海軍の他の軽巡同様に海外植民地警護に使用する目的で設計されており、長船首楼型の船体は凌波性と居住性を高めるのに役立っている。「トロンプ」は第二次大戦開戦前に竣工し蘭領東インドへ送られているが、「ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク」は進水直前に第二次大戦が勃発、艤装工事中にドイツ軍がオランダへ侵攻したため工事を完了しないままに就役、そのままイギリスへ脱出して艤装を行ったため、英国製の4インチ高角砲が搭載されている。
 大戦では「トロンプ」が最初から蘭領東インド艦隊で行動したのとは対照的に、「ヘームスケルク」は大西洋からインド洋、地中海など幅広い範囲で行動している。両艦とも大戦を生き残っており、1950年代まで現役として勤めたあとは、係留練習艦や宿泊船として使用されている。

トロンプ型軽巡洋艦の歴史
トロンプ [Tromp]
1936年 1月17日ネーデルラント造船社[Nederlandsche Scheepsbouw Maatschappij]にて起工
1937年 5月24日進水
1938年 8月18日竣工
1939年 1月15日リスボン近海にて独客船「オリノコ」[Orinoco]と衝突、軽微な損傷を負う
       8月〜蘭領東インド艦隊へ配属
       9月〜第二次大戦勃発。インド洋にて哨戒任務や船団護衛などに従事
1941年12月〜太平洋戦争勃発。英米海軍と共同で作戦に従事
1942年 2月20日バリ島沖にて日艦隊と交戦(バリ島沖海戦)。日駆の砲撃を受け損傷を負う
海戦後、シドニーへ回航され修理を実施(完了は同年5月)
       5月〜濠州〜東南アジア方面の船団護衛に従事
       8月シドニーにてレーダー装備の換装工事を実施(完了は同年10月)
      10月〜ニュージーランド周辺やインド洋などで船団護衛に従事
1944年 1月〜セイロン方面へ転戦。英海軍東洋艦隊指揮下に入る
インドネシアの日本軍陣地砲撃(クリムゾン作戦)などに参加
       9月〜シドニーにてオーバーホールを実施(完了は翌年2月)
1945年春〜ボルネオ島奪還などを支援
       9月〜終戦後、ジャカルタの日本軍武装解除を支援
年末にかけてシンガポールなどに抑留されていた蘭人捕虜復員に従事
1946年 5月オランダへ帰還。オーバーホールを実施(完了は48年)
1955年退役。係留練習艦や宿泊船として使用される
1969年除籍。スクラップとして売却される
ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(2代) [Jacob van Heemskerck(2)]
1938年10月31日ネーデルラント造船社にて起工
1939年 9月16日進水
1940年 5月10日独軍のオランダ侵攻を受け、未完成のまま就役しオランダを脱出
最小限の人員で英ポーツマスまで回航される
       6月蘭王女ユリアナを乗せた「スマトラ」とともにカナダへ航海
       7月〜ポーツマスへ帰還。兵装等の艤装工事を実施
1941年 2月17日艤装工事完了。同月末まで試験運転を実施
       3月〜大西洋などで船団護衛に従事
1942年 2月蘭領東インドへ進出。同年5月以降マダガスカルの戦いに参加
      10月〜オーストラリアへ転戦。濠州海軍指揮下で哨戒任務などに従事
1943年12月イギリスへ帰還。オーバーホールを実施(完了は翌年6月)
1944年夏〜地中海へ転戦。船団護衛などに従事
1945年 7月26日オランダへ帰還(オランダ解放後に本国へ戻った最初の軍艦となった)
       9月〜蘭領東インドへ進出。周辺海域の哨戒任務などに従事
1946年 8月オランダへ帰還
1951年 3月〜フリシンゲンにて海軍実習生の宿泊船として使用される
1969年11月20日退役
1970年 2月27日除籍。同年6月スクラップとして売却される


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