軽巡洋艦 デ・ロイテル(2代)

Light Cruiser "De Ruyter"
Lichte kruiser van De Ruyter


オランダ海軍 Koninklijke Marine


Hr.Ms. De Ruyter
「デ・ロイテル」(1936年)
スペックデータ(竣工時)
排水量:(常)6,450t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×6基 燃料搭載量:重油1,300t
全長:(全)170.9m
全幅:15.7m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:5.1m
出力:66,000hp
武装:
50口径15cm連装装砲3基、同単装砲1基、56口径40mm連装機関砲5基、
12.7mm連装機銃4〜5基
(竣工後に水偵2機を追加搭載)
最大速力:32.0kt
航続距離:12ktで10,000浬
乗員定数:473名

同型艦名(1隻)
デ・ロイテル(2代)[De Ruyter]

軽巡洋艦デ・ロイテル(2代)について
 建造がキャンセルされた「ジャワ」型軽巡三番艦に代わって蘭領東インド艦隊の旗艦として計画建造された軽巡洋艦。1930年次の計画で建造が承認された。これは当時の東インド艦隊が2隻の軽巡しか持っておらず、常に1隻がドック入りできるようにするためには3隻体制にする必要があったためである。当初の設計では15センチ連装砲3基6門を装備する予定であったが、「ジャワ」型の10門に比べて火力不足だとして、船体を延長してできたスペースに単装砲を1門追加している。
 1936年10月に竣工した当艦は、翌年3月に蘭領東インドへ進出し東インド艦隊の旗艦となった。太平洋戦争が始まると、イギリスやアメリカと共同で戦隊(ABDA艦隊)を組んで行動し、いくつかの海戦に参加したが勢いのあった日本艦隊を抑えることは敵わず、1942年2月末のスラバヤ沖海戦で戦没した。

軽巡洋艦デ・ロイテルの歴史
デ・ロイテル [De Ruyter]
1933年 9月16日ウィルトン・フェイエノールト造船[Wilton-Fijenoord dockyard]にて起工
1935年 3月11日進水
1936年10月 3日竣工
1937年 1月12日蘭領東インドへ向けオランダを出港。到着は同年3月
1939年 9月〜第二次大戦勃発。独軍の通商破壊をおそれ船団護衛や哨戒任務に従事
1941年12月〜太平洋戦争勃発。英米海軍と共同で船団護衛などに従事
1942年 2月 4日バリ島沖にて日軍機の攻撃を受け損傷を負う(ジャワ沖海戦)
       2月20日バリ島沖にて日艦隊と交戦(バリ島沖海戦)
       2月27日スラバヤ沖にて日艦隊と交戦。日重巡の雷撃を受け沈没(スラバヤ沖海戦)


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