敷設艦 ウィレム・ファン・デル・ザーン

Minelayer "Willem van der Zaan"
Mijnenlegger "Willem van der Zaan"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Willem van der Zaan
「ウィレム・ファン・デル・ザーン」(1950年代:Photo from Koninklijke Marine)
スペックデータ
排水量:(基)1,247t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油225t
全長:(全)75.2m
全幅:11.2m 主機:直立往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.28m
出力:2,200hp
武装:
50口径12cm単装砲2基、56口径40mm連装機関砲2基、12.7mm連装
機銃2基、機雷120個搭載、水偵1機搭載可能(英国へ脱出後、40mm機関
砲を40mm4連装ポンポン砲1基へ換装)(戦後、機関砲・機銃・水偵を撤
去し、60口径40mm連装機関砲2基、70口径20mm単装機関砲4基へ換装
最大速力:15.5kt
航続距離:不明
乗員定数:92名

同型艦名(1隻)
ウィレム・ファン・デル・ザーン [Willem van der Zaan]

敷設艦ウィレム・ファン・デル・ザーンについて

 オランダ海軍が第二次大戦前に建造した最後の敷設艦。当艦は士官候補生の練習艦を兼ねる多目的艦として設計されており、主砲や対空兵装は従前の敷設艦よりも強化されている。また、訓練や偵察任務に使用するため水上偵察機を1機搭載することが可能となっていた。

 当艦が竣工したのは第二次大戦が始まる直前で、ドイツ軍のオランダ侵攻に際しては北海沿岸などで機雷敷設に従事したが、オランダ降伏時にイギリスへ脱出した。
 イギリスでは機雷敷設のほか船団護衛にも従事しており、1941年初頭には蘭領東インドへ進出した。しかし同年末に対日戦が勃発すると、蘭領東インドから去ってコロンボを拠点にインド洋で船団護衛に従事した。
 戦後、オランダへ戻った当艦は蘭領東インドや蘭領アンティルなどへ派遣され、1970年に退役するまで任務に従事した。


敷設艦ウィレム・ファン・デル・ザーンの歴史
ウィレム・ファン・デル・ザーン [Willem van der Zaan]
1938年 1月18日ネーデルランド造船所[Nederlandsche Dok en Scheepsbouw Maatschappij]にて起工
      12月15日進水
1939年 8月21日竣工
       9月 1日(第二次大戦勃発)
1940年 5月10日(ドイツ軍のオランダ侵攻が開始)
       5月14日オランダ降伏に伴いイギリスへ向け脱出。同月16日ポーツマスへ到着
       7月〜英海軍指揮下でイングランド周辺の機雷敷設に従事
      11月〜船団を護衛し蘭領東インドへ向かう
1941年 4月〜バタビアやタンジュン・ピナンなどに駐留
      12月 8日(対日戦勃発)
1942年 2月末蘭領東インドへ日本軍が迫りコロンボへ向け脱出。3月9日到着
       3月〜コロンボを拠点にインド洋にて船団護衛に従事
1944年10月〜紅海・地中海経由でイギリスへ移動。翌月到着
1945年 5月末欧州での戦闘終結によりオランダへ帰還
       8月〜蘭領東インドへ進出。移動中に終戦となり9月初頭に到着
1948年 3月オランダへ帰還
1949年 1月〜蘭領アンティルへ進出
1950年末オランダへ帰還。オーバーホールを実施。フリゲートへ類別変更
1970年 2月27日退役
      10月 6日除籍。スクラップとして売却


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