ラム型 敷設艦

"Ram" Class Minelayer
Mijnenlegger "Ram"klasse


オランダ海軍(蘭領東インド政府海軍) 他 オランダ海軍 日本海軍


Ram klasse
「ラム」型側面図
スペックデータ(計画値)
排水量:(基)2,200t ボイラー:−−−−− 燃料搭載量:重油(搭載量不明)
全長:(全)88.0m
全幅:12.7m 主機:Busch Sulzer式ディーゼル機関×2基、2軸推進
吃水:4.2m
出力:4,800hp
武装:
52口径75mm単装砲2基、56口径40mm単装機関砲2基、
機雷80個搭載、爆雷25個(投下軌条2)
最大速力:20.0kt
航続距離:不明
乗員定数:120名

同型艦名(2隻)
ラム [Ram]レグルス [Regulus]

ラム型敷設艦について

 蘭領東インド政府向けの哨戒艇兼水上機母艦として建造が行われた艦。1930年代初頭に建造された「リゲル」の設計を基にしているが、船体は一回り以上大型化している。水上機母艦としては、小型水上偵察機を搭載する艦ではなく、着水した大型飛行艇に対して補給作業を行う支援艦的なものであった(水上機母艦の機能は無いとする説もある)。

 1941年に蘭領東インドの造船所で姉妹艦2隻の建造が開始された当クラスであったが、同年末に対日戦が勃発し、翌42年2月には蘭領東インドへ日本軍が迫ることになったため、同年3月に「ラム」は自沈した。まだ進水していなかった「レグルス」は船台上で破壊されている。
 両艦とも日本軍が接収して浮揚・修理の後に工事が継続され、大戦中盤に日本海軍の特設砲艦「南進」「南海」となった。「レグルス」改め「南海」は昭和19年に就役し、終戦直前に米潜水艦の雷撃を受け沈没したが、「ラム」改め「南進」は終戦時点で未就役のまま残存していた。


ラム型敷設艦の歴史
ラム [Ram]
1941年タンジュン・プリオク乾ドック[Tandjong Priok Droogdok]にて起工
      12月10日進水。艤装のためチラチャップへ曳航される
1942年 3月 2日日本軍の捕獲をおそれ、チラチャップにて破壊、自沈
1942年頃日本軍により捕獲される。艦名を「南進」[Nansin]と命名
1943年初頭整備するよう命令が出され、スラバヤへ曳航される
1945年 8月未竣工のまま終戦を迎える。以降の消息不明
レグルス [Regulus]
1941年スラバヤ乾ドック社[Soerabaja Droogdok Maatschappij]にて起工
1942年 3月 2日日本軍の捕獲をおそれ、船台上にて破壊される
       3月 5日日本軍により捕獲される
       7月〜整備命令を受け、破壊箇所修理および艤装工事を行う
      12月 5日艦名を「南海」[Nankai]と命名
1943年 5月21日進水
      11月 1日日本海軍艦籍へ編入
1944年 6月 7日竣工
       7月〜マカッサル海峡などで行動
       9月23日セブク島(ボルネオ島南東)にて触雷、擱座
同年末までに浮揚しスラバヤへ曳航され修理実施
1945年 7月16日スラバヤ西方沖にて米潜「ブレニー」の雷撃を受け沈没
1947年 5月 3日除籍


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