敷設艦 プロ・パトリア

Minelayer "Pro Patria"
Mijnenlegger "Pro Patria"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Pro Patria
「プロ・パトリア」(1930年代)
スペックデータ
排水量:(基)537t ボイラー:(形式不詳)・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭(搭載量不明)
全長:(垂)47.0m
全幅:8.6m 主機:往復動蒸気機関(3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:2.3m
出力:650hp
武装:
37口径75mm単装砲1基、12.7mm単装機銃2基、
機雷60個搭載可能
最大速力:10.0kt
航続距離:不明
乗員定数:61名

同型艦名(1隻)
プロ・パトリア [Pro Patria]

敷設艦プロ・パトリアについて

 オランダの海外植民地である蘭領東インドにて建造された敷設艦。スラバヤ工廠で最も初期に建造された軍艦であるが、工廠の経験不足から竣工までに3年という長い期間がかかっており、完成した艇も成功作とは言いがたいものであった。
 敷設艇に類別されてはいるが、河川砲艦等の複数任務に対応できる多目的艦として建造されている。しかし最高速度は低く、また舵の利きの悪さは竣工時から問題となっていた。

 第二次大戦時には蘭領東インドにあって機雷敷設に従事しており、1941年12月の対日戦勃発時にはパレンバンからムシ川[Moesi]への機雷敷設に出撃していた。
 1942年2月15日、パレンバンより下流域でムシ川の閉塞を行っていた当艦は日本軍機の攻撃により損傷を負い、またムシ川河口に日本軍の侵攻部隊が迫ったため、日本軍による捕獲をおそれ当艦は自沈した。


敷設艦プロ・パトリアの歴史
プロ・パトリア [Pro Patria]
1920年スラバヤ海軍工廠[marine-etablissement in Soerabaja]にて起工
1922年 7月17日進水
1923年 8月20日竣工。蘭領東インドへ配備される
1937年頃〜魚雷修理艇として行動
1939年 9月(第二次大戦勃発)。敷設任務に復帰
1940年 5月(ドイツ軍がオランダへ侵攻。オランダ本国政府はドイツへ降伏)
      12月スラバヤ周辺への機雷敷設に従事
1941年 1月〜パレンバンへ移動し駐留。ムシ川への機雷敷設などに従事
      12月(対日戦勃発)
1942年 2月15日ムシ川にて日軍機の攻撃を受け損傷。日本軍の捕獲をおそれ自沈


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