プリンス・ファン・オランニュ型 敷設艦

"Prins van Oranje" Class Minelayer
Mijnenlegger "Prins van Oranje"klasse


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Prins van Oranje
「プリンス・ファン・オランニュ」(1930年代:Photo from Wikipedia Commons)
スペックデータ
排水量:(基)1,291t ボイラー:(形式不詳)罐・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭(搭載量不明)
全長:(全)70.0m
全幅:11.0m 主機:往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.28m
出力:1,750hp
武装:
52口径75mm単装砲2基、39口径40mm単装砲2基、
12.7mm単装機銃2基、機雷150個搭載
(Gouden Leeuwは1942年初頭に爆雷投下ラック2基を追加)
最大速力:15.0kt
航続距離:不明
乗員定数:121名

同型艦名(2隻)
プリンス・ファン・オランニュ [Prins van Oranje]ガーテン・レウ [Gouden Leeuw]

プリンス・ファン・オランニュ型敷設艦について

 蘭領東インドで使用するために「リゲル」に続いて建造された敷設艦。「リゲル」の小改良型であるため、船体のシルエットは「リゲル」に似ているが、主砲の75ミリ砲は長砲身化による強化が行われ、また対空兵装として40ミリ砲が装備されるなど、時代に合わせた修正が加えられた。さらに機関出力が増大したため、最高速度も若干向上している。

 対日戦勃発時、当クラス両艦は蘭領東インドに駐留しており、開戦直後から防御のための機雷敷設に従事している。「オランニュ」は1942年1月に日本海軍の駆逐艦「山風」および「第38号哨戒艇」(旧駆逐艦「蓬」)と交戦して沈没した。「レウ」は日本軍による接収をおそれスラバヤにて自沈している。


プリンス・ファン・オランニュ型敷設艦の歴史
プリンス・ファン・オランニュ [Prins van Oranje]
1930年 9月20日デ・マース造船所[scheepswerf De Maas]にて起工
1931年 7月10日進水
1932年 2月 2日竣工。蘭領東インドへ回航される
1941年12月 8日〜対日戦開戦。ボルネオ島周辺の機雷敷設に従事
1942年 1月 9日タラカンにて日本軍機の攻撃を受け、至近弾により損傷を負う
       1月11日タラカンを脱出するも、日本の駆逐艦に発見され追撃を受ける
翌12日、日駆逐艦および哨戒艇の攻撃により沈没
ガーテン・レウ [Gouden Leeuw]
1930年 9月23日デ・マース造船所にて起工
1931年 9月 9日進水
1932年 2月24日竣工。蘭領東インドへ回航される
1941年12月 8日〜対日戦開戦。スラバヤ周辺の機雷敷設に従事
1942年初頭〜ジャワ島周辺の機雷敷設に従事
1942年 3月 7日日本軍の捕獲をおそれスラバヤにて自沈


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