敷設艦 クラカタウ

Minelayer "Krakatau"
Mijnenlegger "Krakatau"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Krakatau
「クラカタウ」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(基)982t ボイラー:(形式不詳)・石炭専焼×2基 燃料搭載量:石炭(搭載量不明)
全長:(垂)47.0m
全幅:8.6m 主機:往復動蒸気機関(3段膨張式)×1基、1軸推進
吃水:3.2m
出力:2,500hp
武装:
37口径75mm単装砲2基、12.7mm単装機銃4基、
機雷150個搭載可能
最大速力:15.5kt
航続距離:不明
乗員定数:105名

同型艦名(1隻)
クラカタウ [Krakatau]

敷設艦クラカタウについて

 スラバヤ工廠にて「プロ・パトリア」に続いて建造された敷設艦。船体は「プロ・パトリア」よりも大型化し、砲熕は二倍の砲門数が搭載された。機関出力が増大したため最高速度は向上しているが、舵の利きの悪さは改善していなかったという。また機雷敷設デッキは船体後部の船内へ移されたが、乾舷が高く艦の復原性は低かった。

 1924年末に竣工した当艦だったが、1930年代に入っていくつかの問題を引き起こした。1930年7月には速度試験中にボイラー室からの火災を起こし、1933年(32年とする資料もある)10月には復原性の悪さから転覆事故を起こしている。幸いなことに死者は出なかったものの約1年間は修理のため復帰できなかった。
 1941年12月に対日戦が勃発すると、当艦はマドゥラ島周辺の機雷敷設に従事している。翌年の2月には魚雷艇母船として東ジャワ州パンパン湾での戦いに参加しているが、日本軍の勢いには勝てずスラバヤに撤退した。その後、スラバヤの残存艦艇が自沈するのを手伝った後、自身も3月9日にスラバヤ沖(マドゥラ島沿岸)にて自沈した。


敷設艦クラカタウの歴史
クラカタウ [Krakatau]
1923年 2月スラバヤ海軍工廠[marine-etablissement in Soerabaja]にて起工
1924年 2月 2日進水
      11月12日竣工。蘭領東インドへ配備される
1930年 7月26日速度試験中にボイラー室の火災事故を起こす
1933年10月11日(1932年とする説あり)スラバヤの東運河にて転覆事故を起こす
      12月 3日浮揚されスラバヤへ曳航。翌年9月まで修理を行う
1941年12月対日戦勃発。マドゥラ島周辺の機雷敷設に従事
1942年 2月19日パンパン湾にて魚雷艇母船として魚雷艇の戦闘に参加
       2月末〜スラバヤにて残存艦艇の自沈作業を支援
       3月 9日マドゥラ島沿岸にて自沈


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