敷設艦 ヤン・ファン・ブラケル

Minelayer "Jan van Brakel"
Mijnenlegger "Jan van Brakel"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Jan van Brakel
「ヤン・ファン・ブラケル」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(基)740t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油72t
全長:(全)58.7m
全幅:10.0m 主機:直立往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.28m
出力:1,600hp
武装:
52口径75mm単装砲2基、39口径40mm単装砲1基、12.7mm連装機銃2基、
機雷60個搭載(1940年に主砲と40mm砲を撤去し、40口径76mm(12pdr)
単装砲2基へ換装。1943年に主砲を50口径76mm単装砲2基へ換装、
12.7mm機銃を撤去し70口径20mm単装機関砲6基を追加)
最大速力:15.0kt
航続距離:不明
乗員定数:65名

同型艦名(1隻)
ヤン・ファン・ブラケル [Jan van Brakel]

敷設艦ヤン・ファン・ブラケルについて

 1930年代半ばに建造されたオランダ本国周辺向けの敷設艦。船体設計は1930年に竣工した敷設艦「ノーティラス」に準じており、ボイラーの数が減って排水量が減少(軽量化)したこと以外の差は小さい。
 竣工した当艦は平時には漁業保護任務などにも従事しており、本来の敷設艦として任務に就いたのは第二次大戦が始まってからのことであった。

 1940年5月にオランダが降伏すると、当艦はイギリスへ脱出しイギリス沿岸部での船団護衛に従事した。1942年には大西洋を横断する船団の護衛にも従事しており、その後1944年末に掃海艇母艦へ改装されている。
 第二次大戦を生き延びた当艦は1945年10月に蘭領東インドへ転属となり、そこで掃海艇母艦の任務を継続したが、1950年にフリゲートへ類別変更され海洋調査の任務に就いている。


敷設艦ヤン・ファン・ブラケルの歴史
ヤン・ファン・ブラケル [Jan van Brakel]
1935年 5月23日王立スヘルデ工廠[Koninklijke Maatschappij de Schelde]にて起工
1936年 2月 8日進水
       6月25日竣工。就役後は漁業保護の任務に従事
1939年 9月〜第二次大戦勃発。機雷敷設任務に従事
1940年 5月10日〜ドイツ軍がオランダ侵攻を開始。本国周辺の機雷敷設に従事
       5月14日独軍機の攻撃を受け、至近弾により軽微な損傷を負う
オランダ降伏に際し、イギリスへ向け脱出する
       6月〜イギリス周辺にて船団護衛に従事
1942年 4月〜大西洋横断の船団護衛に従事
1943年末〜マイアミにて兵装の換装工事を実施
1944年11月〜イギリスへ帰還。掃海艇母艦としての任務に従事
1945年10月10日蘭領東インドへ向け出港。到着後は掃海艇母艦任務に従事
1950年フリゲートへ類別変更。海洋調査(水路測量)に従事
1957年 8月 1日除籍。後に実艦標的として使用され沈没


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