砲艦 ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウ

Gunboat "Johan Maurits van Nassau"
Kanonneerboten "Johan Maurits van Nassau"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Johan Maurits van Nassau
「ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウ」(撮影時期不詳)
スペックデータ
排水量:(基)1,537t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×4基 燃料搭載量:重油273t
全長:78.7m
全幅:11.6m 主機:直立型往復動蒸気機関(3段膨張式)×2基、2軸推進
吃水:3.73m
出力:2,100hp
武装:
50口径14.9cm単装砲3基、56口径40mm連装機関砲1基、
12.7mm連装機銃2基、水上偵察機1基搭載可能
最大速力:15.0kt
航続距離:9ktで4,000浬
乗員定数:124名

同型艦名(1隻)
ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウ [Johan Maurits van Nassau]

砲艦ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウについて

 オランダがカリブ海に持つ海外領土のキュラソー島を守るために建造した航洋型砲艦。1910年代から20年代にかけて、南米ベネズエラで相次いで油田が発見され、オランダのロイヤル・ダッチ・シェル社はキュラソー島に大規模な石油精製所を建造した。カリブ海は欧州列強各国がひしめいていたため、オランダは自領保護のための軍艦建造を1920年代末から計画した。
 蘭領東インド向けに建造された「フローリス」型砲艦に準ずる形で設計された艦は、1931年から建造が開始され33年に竣工した。「フローリス」型より若干サイズは大型化しているが、主砲砲門数は同じで、また竣工当初から対空兵装を充実させるなど時代の趨勢にあわせた設計が行われている。

 竣工した当艦は、予定どおりキュラソー島で警備任務に従事したが、1937年にスペインで内乱が発生するとオランダの通商航路保護のために欧州方面へ戻り、1939年にはオランダ本国へ帰還している。
1940年5月にドイツ軍のオランダ侵攻が始まると、当艦はデン・ヘルダー[Den Helder]周辺でドイツ軍に対して対地砲撃を行っている。しかし奮闘むなしくオランダはドイツへ降伏したため、当艦はイギリスへ脱出するよう行動したが、カラントスウォーフ[Callantsoog]沖にてドイツ軍爆撃機に攻撃され大破、船体は放棄の後に沈没した。
 なお、当艦の名前は1943年にイギリスから貸与された「リバー」型フリゲートの1隻へ引き継がれている。


砲艦ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウの歴史
ヨハン・マウリッツ・ファン・ナッサウ [Johan Maurits van Nassau]
1931年 7月17日王立スヘルデ工廠[Koninklijke Maatschappij De Schelde]にて起工
1932年 8月20日進水
1933年 4月 5日竣工
1933年夏〜キュラソー島へ配備され警備任務に従事
1937年スペイン内乱勃発のため、ヨーロッパ方面の通商路保護に従事
1939年 1月〜オランダへ帰還。デン・ヘルダーを拠点に任務に従事
1940年 5月10日ドイツがオランダへ侵攻を開始
当艦はロッテルダムからデン・ヘルダーへ移動
       5月13日デン・ヘルダー沖にて独軍機の攻撃を受けるも命中せず
       5月14日ドイツ軍へ向け対地砲撃を実施。同日、オランダ降伏のためイギリスへ向け脱出を開始するも、カラントスウォーフ沖にて独軍機の攻撃を受け大破、沈没


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