スループ(砲艦) ファン・キンスベルゲン

Sloop(Gunboat) "Van Kinsbergen"
Kanonneerboot "Van Kinsbergen"


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Van Kinsbergen
「ファン・キンスベルゲン」(撮影時期不詳(第二次大戦直前か?))
スペックデータ
排水量:(基)1,760t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×2基 燃料搭載量:重油696t
全長:100.0m
全幅:11.6m 主機:Werkspoor式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:3.66m
出力:17,000hp
武装:
50口径12cm単装砲4基、52口径75mm単装砲2基、
56口径40mm連装機関砲2基、12.7mm連装機銃2基
(大戦中に75mm砲および40mm連装機関砲各1基を減じ、70口径20mm
連装機関砲2基、同単装機関砲2基、爆雷52個(投射機8、投下軌条2等を追加)
最大速力25.5kt
航続距離:14.5ktで5,790浬
乗員定数:145名

同型艦名(1隻)
ファン・キンスベルゲン [Van Kinsbergen]

スループ(砲艦)ファン・キンスベルゲンについて

 旧式化していた砲術練習艦「ヘルダーラント」[Gelderland](19世紀末に竣工した防護巡洋艦。第一次大戦後から砲術練習艦として使用され、第二次大戦時にドイツ軍へ接収された)に替わる砲術練習艦(兼砲艦)として建造された艦。オランダ海軍が第二次大戦前に建造した最後の砲艦となった。
 主砲は12センチ口径のものが4門搭載され、その他にも75ミリ副砲や40ミリ対空機関砲、12.7ミリ機銃など多種多様な砲熕が搭載されている。練習艦だけでなく、砲艦として警備任務や護衛任務にも使用できるよう設計されており、これまでの植民地向け砲艦と異なりギヤードタービン機関を搭載したことで、最高速度は10ノット以上も優速となった。

 当艦は1939年8月に竣工したが、直後に欧州では戦争が勃発したため、(開戦時は)中立だったオランダは当艦を欧州近海で行動させず、カリブ海のキュラソー島へ配属した。
 ドイツ軍がオランダへ侵攻すると、当艦はキュラソー島周辺のドイツ商船に対して拿捕もしくは撃沈を行うよう任務が課され、その後もカリブ海で船団護衛などに従事している。第二次大戦が終結すると、当艦は蘭領東インドへ移動し、インドネシアの再占領や警備任務に従事している。

 なお、当艦をスループとしている資料が多く見受けられるため当サイトでも当艦の艦種をスループとしたが、実際には大戦中は砲艦[kanonneerboot]に類別されており、戦後もフリゲート[fregat]へ類別変更されたのみで、公式にスループと類別されたことはない。

スループ(砲艦)ファン・キンスベルゲンの歴史
ファン・キンスベルゲン [Van Kinsbergen]
1937年 9月11日ロッテルダム造船所[Rotterdamsche Droogdok Maatschappij]にて起工
1939年 1月 5日進水
       8月21日竣工
      10月〜キュラソー島へ配備され警備任務に従事
1940年 5月10日ドイツがオランダへ侵攻を開始
当艦はキュラソー島周辺にて独商船の捕獲任務に従事
1940年後半〜カリブ海(西インド諸島)の哨戒任務に従事
1941年末〜対日戦勃発。カリブ海にて船団護衛などに従事
1945年 8月末〜蘭領東インドへ進出。インドネシアの再占領任務に従事
1946年 3月〜ロンボク島上陸を支援
1950年オランダ本国へ帰還。フリゲートへ類別変更
1952年 2月〜東南アジアへ進出。ニューギニアなどで行動
1955年 2月〜オランダ本国へ帰還。フリシンゲンにて宿泊船として使用
1959年 5月29日除籍。後に標的艦として使用され、その後売却処分


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