ティエルク・ヒッデス型 駆逐艦

"Van Galen" Class Destroyers (Admiralen Class 2nd Group)
"Van Galen" Klasse Torpedobootjagers (Admiralenklasse Tweede groep)


オランダ海軍 オランダ海軍


Hr.Ms. Issac Sweers
「イサーク・スウェールズ」(1941年頃)
スペックデータ(竣工時:兵装は当初計画時のもの)
排水量:(基)1,604t ボイラー:Yarrow罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油560t
全長:(全)107.0m
全幅:10.6m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.8m
出力:45,000hp
武装:
45口径12cm連装砲2基、同単装砲1基、40mm単装ポンポン砲4基、
12.7mm単装機銃4基、53cm魚雷4連装発射管2基、爆雷投射機4基、
機雷24個(投下軌条2)、水偵1機搭載
(Isaac Sweersの兵装については、下記説明を参照)
最大速力:37.5kt
航続距離:15ktで3,200浬
乗員定数:120名

同型艦名(4隻)
ティエルク・ヒッデス[Tjerk Hiddes]ゲラルド・カレンブルグ[Gerard Callenburgh]
イサーク・スウェールズ[Isaac Sweers]フィリップス・ファン・アルモンド[Philips van Almonde]

ティエルク・ヒッデス型 駆逐艦について

 オランダ海軍が1920年代末に建造・就役させた「ファン・ガレン」型駆逐艦の拡大改良型として1938年から建造を行った艦。「ファン・ガレン」型よりも船体は一回り大きくなり、搭載兵装も主砲塔の連装化や魚雷発射管の4連装化により強化されている。また、機関出力も約5割増しと強力になっているため、最高速度は37.5ノット(計画値)と列強各国の新鋭駆逐艦に劣らないものとなっていた。
 しかし、建造途中で第二次大戦が始まり、当クラス4隻のうち3隻が進水した時点でオランダに向けドイツ軍が侵攻したため、「ティエルク・ヒッデス」と「ゲラルド・カレンブルグ」は自沈し、「イサーク・スウェールズ」はイギリスへ脱出した。未竣工だった「フィリップス・ファン・アルモンド」と修理不可能だった「ヒッデス」はドイツ軍の手によりスクラップとなり、「カレンブルグ」は修理の後、ドイツ海軍の鹵獲駆逐艦「ZH1」として使用されたが1944年に戦没している。「スウェールズ」は英海軍指揮下の自由オランダ海軍に所属して船団護衛などに従事したが、1942年の北アフリカ上陸(トーチ作戦)の際に戦没した。
 「スウェールズ」はイギリスで砲熕兵装の搭載が行われたため、主砲は4インチ連装砲3基、対空火器に40ミリボフォース単装機関砲4基、エリコン20ミリ単装機銃4基が装備されている(魚雷発射管は計画どおり4連装2基)。

 なお、自由オランダ海軍へイギリスから貸供与された英国製駆逐艦には、蘭駆逐艦と同じ名前が与えられていることが多いため、戦史資料などで混乱することがある点に注意願いたい。(例:「ティエルク・ヒッデス」は1942年にオランダへ譲渡された英駆「ノーブル(初代)」へ引き継がれており、資料によっては当クラスの「ヒッデス」と譲渡後の英駆逐艦を混同しているものが見受けられる)。

ティエルク・ヒッデス型 駆逐艦の歴史
ティエルク・ヒッデス[Tjerk Hiddes]
1938年10月 1日ロッテルダム・ドローグドク社[Rotterdamsche Droogdok Maatschappij]にて起工
1939年10月12日進水
1940年 5月10日(ドイツ軍のオランダ侵攻が開始される)
       5月15日ドイツ軍の捕獲をおそれ新水路[Nieuwe Waterweg](マース川河口)付近で自沈
       6月ドイツ占領後に再利用のため調査されるが、修復不能な損傷がみつかったため
同月12日スクラップとして解体処分開始
ゲラルド・カレンブルグ[Gerard Callenburgh]
1938年10月12日ロッテルダム・ドローグドク社にて起工
1939年10月12日進水
1940年 5月10日(ドイツ軍のオランダ侵攻が開始される)
       5月15日ドイツ軍の捕獲をおそれ新水路[Nieuwe Waterweg](マース川河口)付近で自沈
1940年夏〜ドイツ占領後に再利用のため調査される
浮揚の後、ハンブルグのブローム&フォス社へ曳航され修理・艤装を行う
1942年10月11日ドイツ海軍へ就役。艦名を「ZH1」と命名、駆逐艦に類別される
バルト海にて各種兵装の試験任務や哨戒任務などに従事
1943年11月〜フランス沿岸へ進出。護衛任務などに従事
1944年 3月訪独任務の日潜「イ−29」がロリアンへ入港する際に護衛を行う
       6月 8日連合軍の上陸を阻止するためブレストを出撃
       6月 9日バッツ島(イル=ド=バ[Ile-de-Batz])付近で連合軍駆逐隊と交戦
敵艦の砲撃および英駆「アシャンティ」の雷撃を受け行動不能となり
船体放棄の後、自沈処分
イサーク・スウェールズ[Isaac Sweers]
1938年11月26日王立スヘルデ工廠[Koninklijke Maatschappij De Schelde]にて起工
1940年 3月16日進水
       5月ドイツ軍の捕獲をおそれ、曳航されイギリスへ脱出
イギリス到着後、艤装工事を行う
1941年 5月29日竣工。英海軍指揮下の自由オランダ海軍へ就役。船団護衛に従事
       9月〜地中海へ転戦。マルタ島への補給任務などに従事
      12月13日北アフリカへの輸送任務中のイタリア艦隊を阻止するため、ボン岬沖にて交戦
(ボン岬沖海戦)
1942年 3月〜英海軍東洋艦隊へ転属。紅海周辺へ転戦
1942年後半〜地中海へ転戦。北アフリカ上陸支援に従事
      11月13日トーチ作戦に参加。アルジェ北方沖にて独潜「U-431」の雷撃を受け沈没
フィリップス・ファン・アルモンド[Philips van Almonde]
1939年 3月 2日王立スヘルデ工廠にて起工
1940年 5月10日(ドイツ軍のオランダ侵攻が開始される)
       5月17日ドイツ軍の捕獲をおそれドック内で爆破される。後に解体処分


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