海防戦艦 ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(初代)

Coastal defence ship"Jacob van Heemskerck(1)"
Pantserschip "Jacob van Heemskerck(1)"


オランダ海軍 他 オランダ海軍 ドイツ海軍


Jacob van Heemskerck
「ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク」(1906年):Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ
排水量:(常)4,920t ボイラー:Yarrow罐・石炭専焼×8基 燃料搭載量:石炭 680t
全長:(全)98.0m
全幅:15.2m 主機:三段膨張型往復動蒸気機関×2基、2軸推進
吃水:5.7m
出力:6,400hp
武装:
40口径24cm単装砲2基、40口径15cm単装砲6基、40口径7.5cm単装砲6基、
23口径3.7cm単装砲4基、45cm魚雷発射管2門
(独軍改装後は10.5cm高射砲8基、37mm対空機関砲4基、20mm機関砲16基)
最大速力:16.5kt
航続距離:10ktで3,300浬
乗員定数:340名

同型艦名(1隻)
ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク[Jacob van Heemskerck]

海防戦艦 ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(初代)について
 17世紀以降のオランダは南北アメリカ大陸や東インド、南アフリカなど広大な範囲で植民地を持っていたが、北米や南アフリカの植民地はイギリスに奪われてしまい、植民地経営による莫大な富を喪いつつあった19世紀後半頃からオランダ海軍は装甲艦[Ironclads]や海防戦艦[Pantserschepen]を立て続けに建造してきた。他国では自国沿岸の防備などに使用されることが多い海防戦艦であったが、オランダでは植民地警備に重点を置いたため、海防戦艦などは海外へ配備されることが多かった。
 当艦は20世紀初頭にアムステルダムの海軍工廠(アムステルダム造船所)で建造された海防戦艦で、主砲には同年代の装甲巡洋艦より大口径の24センチ単装砲が搭載されており、舷側砲も15センチと高い火力を持っていたが、竣工から第二次大戦前までの現役の間は特に目立った活躍はしていない。
 1939年に当艦は砲台船[Batterijschip]へ改装され、艦名も「エイマイデン」[IJmuiden]と改称した。その名が示すとおりアムステルダムの西方にある港湾都市エイマイデンに配置されたが、1940年にドイツ軍がオランダへ侵攻すると、ドイツ軍の接収をおそれ自沈した。しかし、その後ドイツ軍により浮揚・修理が行われており、キール軍港へ移動後に浮き対空砲台へ改装されている。
 終戦後、ヴィルヘルムスハーフェンで生き残っていた当艦はオランダに返還され、宿泊船として1970年代まで使用された。

海防戦艦 ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(初代)の歴史
ヤーコプ・ファン・ヘームスケルク(初代)[Jacob van Heemskerck(1)]
1905年 8月19日アムステルダム造船所にて起工
1906年 9月22日進水
1908年 4月22日竣工
1910年 5月英国王エドワードVII世葬儀出席のためオランダ王子ヘンドリック・ファン・
メクレンブルフ[Hendrik van Mecklenburg]の御召艦として英国へ航海
1917年 5月17日エイマイデン沖にて独潜に撃沈された貨物船の救助活動に従事
1939年機関を降ろし、砲台船への改装工事を実施
       4月19日艦名を「エイマイデン」と改称し、砲台船として再就役
1940年 5月14日ドイツ軍に捕獲されることをおそれ自沈する
       7月16日ドイツ軍により浮揚。同月24日にアムステルダムへ曳航され入港
1941年 3月修理後、キールへ曳航される
1942年浮き対空砲台への改装を実施
1943年 9月艦名を「ウンディーネ」[Undine]と改称。ドイツ海軍に編入され
ペーネミュンデ防空の任務に従事
1944年シュチェチン湖を遡上し、ポリツェ(現ポーランドのPolice市)防空任務に従事
1945年終戦時はヴィルヘルムスハーフェンに残存。船体はオランダへ返還される
 アムステルダムにて宿泊船への改装工事を実施
1948年 2月23日艦名を「ネプチューンズ」[Neptunus]と改称。海軍の宿泊船として再就役
1974年 9月13日(10月4日説あり)退役
1975年 5月スクラップとして売却処分


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