ヴァシレフス・ゲオルギオス型 駆逐艦

"Vasilefs Georgios" Class Destroyers
Αντιτορπιλικά κλάσης Βασιλεύς Γεώργιος


ギリシア海軍 ギリシア海軍


ΒΠ Βασιλεύς Γεώργιος

ΒΠ Βασίλισσα Όλγα
(上段)「ヴァシレフス・ゲオルギオス」/(下段)「ヴァシリッサ・オルガ」(どちらも1939年頃:Photo from Wikimedia Commons)
スペックデータ(竣工時)
排水量:(基)1,350t ボイラー:Admiralty罐・重油専焼×3基 燃料搭載量:重油450t
全長:(全)98.45m
全幅:10.21m 主機:Parsons式ギヤードタービン×2基、2軸推進
吃水:2.59m
出力:34,000hp
武装:
45口径12cm単装砲4基、83口径37mm単装機関砲4基、12.7mm単装機銃2基、
53cm魚雷4連装発射管2基、爆雷投射機4基、機雷20個搭載可能(Γεώργιος
独軍鹵獲後に20mm単装機関砲4基を追加)(Όλγαは英国脱出後に魚雷発射管1基と
37mm機関砲を撤去し3inch高角砲1基、20mm単装機関砲6基を追加)
最大速力:36.0kt
航続距離:19ktで4,800浬
乗員定数:150名

同型艦名(2隻)
ヴァシレフス・ゲオルギオス
[Βασιλεύς Γεώργιος (Vasilefs Georgios)]
ヴァシリッサ・オルガ
[Βασίλισσα Όλγα (Vasilissa Olga)]

ヴァシレフス・ゲオルギオス型 駆逐艦について

 海軍戦力強化のため1920年代末にイタリアへ駆逐艦4隻(「イドラ」型)を発注建造したギリシア海軍だったが、第一次大戦前に建造した旧式の小型駆逐艦が入れ替わりで退役したことから、全体の隻数にあまり変化はなかった。欧州の状況がきな臭くなる中、さらに海軍戦力の強化のため1930年代半ばにイギリスへ建造を発注したのが、当クラス2隻である。
 当クラスは、英海軍の新鋭駆逐艦であった”G”型駆逐艦をタイプシップとして設計されているが、砲熕兵装(主砲および37ミリ機関砲)はドイツ式のものが搭載された。しかし、すでにイギリスとドイツ間の国交は友好的なものではなくなっていたため、ドイツはイギリスに向け砲の輸出を行うことを拒否し、砲の艤装はギリシアへ回航されてから行われている。また、”G”型の一部の艦で採用された5連装魚雷発射管は当クラスでは37ミリ機関砲などの代替重量とするため採用されず、若干軽量な4連装発射管搭載となっている。

 第二次大戦直前の1939年2月に竣工した当クラスは、第二次大戦開戦時のギリシア海軍で最新鋭の艦だった。両艦の艦名は19世紀末から20世紀にかけてギリシアの王位に就いた国王ゲオルギオス一世と王妃オルガから採ったものであったが、皮肉なことにドイツ軍がギリシアへ侵攻した際に「ゲオルギオス」はドイツ軍に鹵獲後に独海軍へ編入され、「オルガ」はイギリスへ避難し英海軍指揮下へと入ったため、両艦は敵味方に分かれることとなってしまった。
 両艦とも1943年に相次いで戦没しており、短いながらも数奇な運命を閉じている。

 なお、海外の一部の資料などでは「ゲオルギオス」の艦名を国王の正式な名前のとおり「ヴァシレフス・ゲオルギオス世」[Βασιλεύς Γεώργιος Α']と表記しているものも見受けられる。

ヴァシレフス・ゲオルギオス型 駆逐艦の歴史
ヴァシレフス・ゲオルギオス[Βασιλεύς Γεώργιος (Vasilefs Georgios)] (D14)
1937年英ヤーロー社[Yarrow & Company]にて起工
1938年 3月 3日進水
1939年 2月15日竣工。就役後はギリシア海軍駆逐艦隊旗艦に就任
1939年 9月〜第二次大戦勃発。ギリシアは中立を保つ
1940年10月28日〜イタリアが国境を越え侵攻(ギリシア・イタリア戦争)
      11月14日オトラント海峡にて伊軍輸送船を襲撃する(第一次攻撃)
1941年 1月 4日オトラント海峡にて伊軍輸送船を襲撃する(第三次攻撃)
       4月 6日〜ドイツ軍がギリシアへの侵攻を開始
       4月14日サロニカ湾内Sofiko湾(Saronic Gulf , Sofiko Bay)にて独軍機の攻撃を受け損傷
修理のためサラミス海軍工廠のドックへ入る
       4月20日ドイツ軍の侵攻を防げず、鹵獲をおそれサラミナ港にて自沈
 ドイツにより占領後、独軍の手で浮揚され修理が行われる
1942年 3月21日修理完了後、独海軍へ編入
艦名を「ZG3」と改名しエーゲ海にて船団護衛や機雷敷設に従事
       8月22日艦名を「ヘルメス」[Hermes]と改名
1943年 4月〜地中海へ転戦。チュニジアへの船団護衛に従事
       4月21日カプリ島(イタリア)沖にて英潜「スプレンディッド」を攻撃・撃沈
       4月30日ボン岬沖にて連合軍機の攻撃を受け大破
チュニス(チュニジア)へ曳航される
       5月 7日連合軍がチュニスへ迫ったため、ラ・グレット(チュニスの港)にて自沈
ヴァシリッサ・オルガ[Βασίλισσα Όλγα (Vasilissa Olga)] (D15)
1937年 2月 1日英ヤーロー社にて起工
1938年 6月 2日進水
1939年 2月 4日竣工
1939年 9月〜第二次大戦勃発。ギリシアは中立を保つ
1940年10月28日〜イタリアが国境を越え侵攻(ギリシア・イタリア戦争)
      11月14日オトラント海峡にて伊軍輸送船を襲撃する(第一次攻撃)
1941年 1月 4日オトラント海峡にて伊軍輸送船を襲撃する(第三次攻撃)
       4月〜ドイツ軍がギリシアへの侵攻を開始
当艦はアレクサンドリアへ脱出し、英海軍指揮下に入る(英海軍艦番号 H84)
      11月〜カルカッタにて近代化改修工事を実施(完了は同年末)
1942年〜英海軍地中海艦隊に配属
      12月15日マルタ島南方にて伊潜「ウアルシエク」を攻撃・撃沈(他艦と共同)
1943年 6月〜連合軍のパンテレリア島上陸やシチリア島上陸を支援
       9月〜連合軍のロードス島上陸を支援
       9月26日レロス島沖にて独軍機の攻撃を受け沈没


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